荒野の風は、砂と熱気を運び、衣類のすそを揺らしていた。ヨシュアは岩陰に腰を下ろし、羊皮の巻物を広げる。指先でなぞる文字は、モーセを通して与えられた主の言葉——生き物のうち、食べてよいものと、忌むべきものについての定めであった。
「ひづめが分かれて二つに割れ、反すうするもの。それはあなたがたに食べてもよい」
彼は目を上げ、遠くで草を食む山羊の群れを見つめる。その足元には、確かに割れたひづめがある。ゆっくりと顎を動かし、咀嚼する様は、まさに反すうそのものだ。しかし、らくだはどうだろう。確かに反すうはするが、ひづめは割れていない。分厚い肉塊が一つにまとまっている。主はそれを「汚れたもの」と宣告された。
ヨシュアはため息をつく。幼い頃、祖父が焼くらくだの肉の香りを思い出す。脂が烈しく弾ける音。かつては何の疑問も抱かずに口にしていたものだ。しかし今、この荒野で、主の幕屋を囲む共同体の一員として、彼は理解し始めていた。聖なるものと俗なるものの間には、明確な線引きが必要なのだ。
昼下がり、彼は老師エレアザルのもとを訪ねた。老先生はオリーブの木陰に座り、若者たちに教えを説いていた。
「先生、うさぎはなぜ汚れているのでしょうか。あれも反すうをするではありませんか」
エレアザルはゆっくりと目を細めた。
「よく観察したかね、ヨシュア。うさぎは確かに口を動かしている。しかし、その胃は分かれていない。反すうのように見えても、それは本当の反すうではない。外見に騙されてはならない。主は私たちに、物事の本質を見極める目を養うことを求めておられるのだ」
夕暮れが近づき、人々が炊事の火を起こし始める。ヨシュアは水辺に立つ。波打ち際で、鱗とひれを持つ魚が跳ねる。それらは今夜の食卓を彩る恵みだ。しかし、そこかしこに這うえびや蟹——主が「忌むべきもの」と宣告した生き物たちは、泥水をかき混ぜながら這い回っている。それらは掃除屋であり、死と腐敗に群がる。聖なる民は、死の汚れから遠ざからねばならない。
「ヨシュア、手伝ってくれ」
漁から帰ってきた兄の声がする。網には、きらめく鱗を持った魚が躍っている。一匹、また一匹と、ヨシュアは慎重に選別する。ひれのない、なめらかな体の魚は、全て別の籠に放り込まれる。かつては、ただの手間だと愚痴をこぼしたこともあった。しかし今、この行為そのものが、主との契約を形作っていることに気づく。
「空の鳥についても、同じことだ」
エレアザルの声が背後から聞こえる。老先生は杖をつき、大空を舞う鷲を指さした。
「屍肉を貪る者、鋭い爪で獲物を裂く者——それらはすべて、あなたの口に入れてはならない」
夕焼けが砂漠を赤く染める頃、共同体の炊煙が一つにまとまり、天に昇っていく。ヨシュアは今夜の食事を見つめる。羊肉の煮込み、焙った大麦のパン、そして塩で味付けされた清い魚。それは質素だが、主の定めに従った確かな恵みだった。
「なぜ、主はこれほど細かく定められたのでしょうか」
彼の問いに、エレアザルは深くうなずいた。
「我々は、主の聖なる民。エジプトの奴隷であった者たちが、今、神の子として歩むことを学んでいるのだ。食べるもの、触れるもの、すべてが聖別の訓練なのかもしれない。やがて来る約束の地で、私たちは異なる民——周囲のあらゆる汚れの中にあっても、主に選ばれた民として立ち続けねばならない」
月明かりのもと、ヨシュアは再び羊皮の巻物を広げる。主の言葉は続いていた——地を這う小さな生き物について。バッタ、いなご。それらは後ろ足で跳ねるゆえに、食べてよい。しかし、四本の足で這うものはすべて忌むべきだ。
彼はふと、幼い妹が蜥蜴を追いかけていたことを思い出す。ぴちぴちと動く尾。あの生き物は、決して口にしてはならないものの一つなのだ。
夜風が巻物の端を揺らす。ヨシュアはこれらの定めが、単なる食物規定ではないことを悟る。それは、生き方そのものの設計図なのだ。清いものと汚れたものを見分ける目を養い、聖なる民としての自覚を刻み続けるための、絶え間ない訓練。
「あなたがたは、わたしが聖であるから、聖でなければならない」
この言葉が、砂漠の静寂の中でひときわ輝いて聞こえた。彼は巻物を巻き、胸に抱きしめる。明日も、また次の日も、この定めと共に歩んでいく。清いものと汚れたものを見分ける知恵を求めながら——主が聖であられるように、この民も聖となるための、果てしない旅路を。




