聖書

石塁を越える知恵

エフライムの丘陵地に、ヨシュアという名の村があった。村はオリーブ畑に囲まれ、細い道が家々を縫うように走っていた。その村にヨナタンという若者がいた。父から受け継いだ小さな畑を耕していたが、心はいつも遠くをさまよい、隣人との些細な言葉のやり取りにもすぐに腹を立てる性質だった。

ある秋の日、隣の畑の境界を巡り、ヨナタンは親類のエリエゼルと口論になった。祖父の代からあいまいだった石塁の位置が、収穫期を前にしてふと気になりだしたのだ。ヨナタンは調査もせず、早々に「お前の父が石を動かしたに違いない」と決めつけた。エリエゼルが驚いて説明しようと口を開いたとき、ヨナタンはすでに背を向けていた。耳を貸さぬ者は、自分の思いのうちに閉じこもり、まことの知恵にも逆らうということを、彼は知らなかった。

それから幾日か、彼の心には荒々しい言葉が渦巻いた。井戸端で女たちがささやく気がしてならず、村の広場で長老たちがうつむくのも、自分についての陰口だと思い込んだ。彼の口から出る言葉は、まるで旱魃の後に降る土砂降りの雨のようで、土地を潤すより溝を深く抉ることばかりだった。ある朝、とうとうエリエゼルの家の前に立ち、「法廷で決着をつけよう」と告げた。エリエゼルの目には悲しみが浮かんだが、ヨナタンには見えなかった。

村から町へ出る道を歩きながら、彼は勝ち誇ったような気分だった。最初に訴える者は正しく見える、と誰かが言っていたのを思い出した。町の門には、知恵ある長老たちが座して争いごとを裁いていた。ヨナタンは自分の言い分を早口でまくし立てた。畑のことを、父の苦労を、隣人の不誠実を。しかし、長老のひとり、銀髪のアヒエゼルが静かに手を挙げて彼を止めた。

「エリエゼルは呼ばれているか?」

ヨナタンはたじろいだ。相手を呼ぶようにはしていなかった。自分だけが先に来たのだ。アヒエゼルは深いため息をつき、若者を見つめた。「片方の話だけで判断するのは、片手で水を掬うようなものだ。もう一方の手も差し伸べてみよ。」

使いがエリエゼルを連れてくるまでの間、ヨナタンは石段に座って待たされた。その時、ふと少年の頃の記憶がよみがえった。父が病気で床に就いていたとき、村の祭司が訪ねてきて、そっと「主の名は堅固なやぐらだ。疲れたときはそこに走り込め」と囁いたことを。父はその後、静かな笑みを浮かべて息を引き取った。そのやぐらに、自分はいつ走り込んだだろうか。誇り高い心は、破滅の前に立ちはだかる高い壁のように思えた。

エリエゼルが到着すると、彼は驚くほど穏やかな態度で、古い羊皮紙の巻物を取り出した。それは彼の父とヨナタンの父が、境界について村の長老たちの前で交わした合意の記録だった。そこには、収穫の三分の一を互いに分け合うという条項まで書かれており、そもそも境界を厳密に定めること自体が、両家の親交を損なうとして避けられた経緯が記されていた。ヨナタンの顔から血の気が引いていくのが自分でもわかった。彼は事も確かめず、ただ自分の怒りに従って走ってきたのだ。

アヒエゼルは二人を見比べ、そしてゆっくりと言った。「怒った兄弟は石の城壁より手強い。城壁はいつか壊れるが、心の壁は何年も残る。」 そして、くじを引き、この年の収穫の分配を決めることを提案した。しかしエリエゼルは首を振り、「くじなど必要ありません。わたしの畑で取れた最初のオリーブの枝を、ヨナタンに渡したい。父たちがしたように、分かち合いましょう。」

その言葉を聞いた瞬間、ヨナタンの胸の中で、長く固く閉ざされていた何かが砕けた。打ち砕かれた霊を、いったい誰が支えられようか。しかし、彼はその砕かれる痛みの中で、初めて自分が愚かであったことを悟った。彼はうつむき、声を震わせて謝罪した。それは、これまで彼の口から出たどの言葉よりも重く、そして軽いものだった。

それから月日は流れ、ヨナタンは変わった。口を開く前に耳を傾けるようになり、むやみに友を増やそうとはせず、たまに訪ねてくるエリエゼルと畑仕事について話し合うようになった。ある夕暮れ、彼はかつて争った境界の石塁の傍らに座り、遠くに広がる畑を見つめていた。ふと、隣村から嫁いだ寡黙な女性、ルツのことを思い出した。彼女はいつも、必要なことだけを優しい言葉で話した。人の腹は口の実で満たされ、唇の収穫に満足するものだ。思い返せば、あの騒動のさなかでも、彼女は誰をも非難せず、静かに両家のためにパンを焼いていた。

一年後の収穫祭で、ヨナタンはアヒエゼルとエリエゼルの立会いの下、ルツに結婚を申し込んだ。彼の口から出た言葉は、深い泉から少しずつ汲み上げられる水のように、清く、そして確かなものだった。「わたしのすべての言葉の実りを、君と分かち合いたい。」 ルツは頬を赤らめてうなずいた。村人たちが「主の恵みだ」と囁き合うのを、ヨナタンははっきりと聞いた。妻を得る者は、まことに良いものを見いだし、主の好意を受けるということを。

今では彼は、朝ごとに東の山から差し込む光の中で、祈りの言葉をささげる。それは立派な祈りではないかもしれない。ときに言葉につまることもある。しかし、彼は知っている。その拙い祈りが、何より堅固なやぐらへと続く道であることを。そして、すべての言葉の始まりと終わりは、沈黙の中にこそ在るのだということを。彼はもう、言葉で城を築こうとはしない。ただ、与えられた小さな畑で、ひとつぶの種が土の中で膨らむ、かすかな音に耳を澄ますのであった。

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