エレミヤの言葉が、粘土板に刻まれて届いたのは、暑さが最も苛烈な午後のことだった。バビロンの町は、煉瓦と瀝青の匂いに満ち、ナツメヤシの葉が微かに揺れるだけの、重い静寂に包まれていた。携えられてきた者たちの集う地区では、埃っぽい路地の奥に、ようやく形を成し始めた共同体の気配があった。しかし人々の心は、未だこの地の土に根付いてはいない。明日にも、あるいは今日の夕暮れにも、エルサレムへの帰還の報せが来るのではないか――そんな、か細く燃え続ける願望が、日々の営みの隙間を埋めていた。
その言葉は、その願望を、優しく、しかし確実に打ち砕いた。
「わたしは、エルサレムからバビロンへ移したすべての捕囚の民にこう言う。家を建てて住みなさい。庭を作ってその実を食べなさい。妻をめとり、息子、娘をもうけ、あなたたちの息子には妻をめとり、娘には嫁がせ、息子、娘を産ませなさい。そこで増えなさい。減ってはならない。」
家を建てよ。庭を作れ。増えよ。それは、この地に腰を据えよ、という命令だった。十年どころか、一代では終わらぬ歳月を、ここで生きよ、ということだった。言葉を耳にした者たちの間に、ざわめきが走った。失望か、あるいは怒りか。私たちをここに閉じ込めた神が、今さら何事を言い出すのか、とつぶやく者もいた。
しかし、言葉は続いた。驚くべきことに、この地の平安を求め、その平安のために祈れ、と言うのだ。異教の都の、しかも我々を捕らえた帝国の繁栄を祈れ、と。それは、道理に悖るように思われた。しかし預言の言葉は、その悖りの中に、深い洞察を潜ませていた。「その平安の中に、あなたたちの平安もあるのだから」と。もはやエルサレムは、遠い思い出の町ではない。このバビロンの町の喧噪と日陰こそが、今、生きる現実なのだ。ならば、その現実のただ中で、どう生きるか。流されるのでも、目を背けるのでもなく、そこに根を下ろし、しかし揺るがぬものに向かって祈るのだ。それは一種の覚悟であり、信仰の新たな姿だった。
そして、人々の心を最もかき乱したのは、偽預言者たちについての厳しい断罪だった。彼らは、「主がバビロンで、あなたがたに預言者を起こされることはない」と言い、「主の幻を見た」と偽り、人々の焦りと望郷の念に巧みに寄生していた。エレミヤの言葉は、それらを名指しし、神が彼らを問う、と宣告する。それは、共同体の内側に潜む病巣を、残酷なほどにえぐり出した。
そして、やがて訪れる救いの約束。しかし、それは明日ではない。七十年という、人の一生を悠に超える時を経てのことだ。「七十年が満ちたなら、わたしはあなたたちを顧みる。わたしは恵みの約束を果たして、あなたたちをこの場所へ連れ戻す。」
七十年。それを聞いた年老いた者たちは、目を伏せた。自分たちがこの地の土となるまでに、果たしてそれは訪れるのか。しかし若い者たち、あるいはまだ生まれてもいない者たちにとって、それは遠く、しかし確かな星のように輝く約束となった。あなたがたの未来には希望がある、というあの有名な言葉は、この、七十年という途方もない時間の襞の間から、仄かに光を漏らし始めたのだった。「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ、と主は言われる。それは災いではなく、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものである。」
言葉は、それからも人々の間を、繰り返し、繰り返し行き来した。最初は拒絶と混乱をもって迎えられたそれも、日が経つにつれ、少しずつ、心の深みに沈殿していった。ある男は、ためらいながらも、崩れかけた煉瓦の壁を直し始めた。ある女は、荒れた土地に、故郷から密かに持ち込んだ種を一粒、埋めた。祈りは、エルサレムへの郷愁だけに満ちたものから、このバビロンの地に生きる隣人や、子供たちの明日へと、その幅を静かに広げていった。
偽預言者たちは、その後どうなったのか。記録にはない。しかし、彼らの声は次第にかき消され、代わりに、粘土板に刻まれた「家を建てて住め」という現実的な命令が、日々の生活の基準となっていった。それは、単なる諦めではなかった。約束を待ちながら、今を真摯に生きる、という能動的な姿勢だった。捕囚とは、単なる受難の時ではなかった。神の沈黙や不在の時でもなかった。それは、思いがけない形で、神と向き合い、信仰の本質を問い直す、厳しくも豊かな時だったのだ。
やがて七十年は満ちた。かつての言葉を聞いた者のほとんどは、この地の土となっていた。しかし、彼らの子供たち、孫たちは、その約束を胸に、エルサレムへの長い帰路についた。彼らが携えて帰ったものは、黄金や宝石以上に、この異郷の地で学んだ、逆境の中での平安の祈り、そして、「わたしの計画は、災いではなく、平安である」という、揺るぎない確信の言葉だった。
エレミヤの手紙は、結局のところ、約束の成就を待つとはどういうことかを、生き生きと、時に痛みを伴いながら描いたものだった。それは、希望を、単なる未来への空しい願望としてではなく、現在のただ中に根を張らせる行為と結びつけた。家を建て、庭を作り、祈る――その一つ一つの営みの積み重ねが、七十年という時の重さに耐え、約束の光を、かすかながらも確かに反射する器となったのである。




