聖書

滅びゆく獅子の巣

それは暁のまだ暗いうちから始まった。

風が、いつもとは違う方角から、ユーフラテスの湿った土の匂いではなく、東方の乾いた砂塵の匂いを運んできた。ニネベの城壁の上に立つ哨兵たちは、その風に紛れて聞こえてくるものを、最初は遠雷だと思った。だが、雷鳴は近づき、やがて大地そのものが震え始めた。それは、鉄の車輪が岩肌を噛み砕く、不気味な律動だった。

「見よ! 見よ!」

一人の兵士が、東の丘の稜線を指さして叫んだ。まだ薄紫色の空を背景に、無数の影が膨れ上がっていた。先頭を走るのは戦車、数え切れぬほどの戦車である。側面には青銅の飾りがぶら下がり、轅につながれた軍馬の鬣が、疾走する風に逆立っていた。その戦車の上に立つ兵士の胸当ては、仄かな朝日に照らされ、赤く、不吉にきらめく。彼らは整然と進み、丘を埋め尽くした。まるで鉄の雲が地上を這うかのようだった。

都の門は慌てて閉ざされ、その重厚なかんぬきが降ろされた音が、街中に木霊した。しかし、その音さえも、外界から押し寄せる響きにかき消されそうだった。今や、戦車の轟きに、無数の足音が重なる。歩兵部隊の行進である。槍林が陽光を浴びてゆらめき、盾の波がざわめく。彼らの顔には、恐れというより、ある冷たい決意が刻まれていた。攻城戦のプロフェッショナルとしての、無感情な集中である。

都の中は、蜂の巣をつついたような混乱に陥った。広場では、高官たちが赤や紫の礼服を翻しながら、馬にまたがり、それぞれの持ち場へと急ぐ。その横を、市民の群れが、まるで川の流れが突然逆巻くように、家財を抱え、子どもを引き連れ、とるものもとりあえず逃げ惑う。叫び声、泣き声、荷車の軋み、すべてが混沌の音となって立ち上る。かつて「獅子の巣」と恐れられたこの都の威容は、この瞬間、蟻の這い出す蟻塚のようでもあった。

城壁の上では、アッシリアの弓兵たちが、ぎっしりと矢筒を背負い、胸壁に身を伏せて息を殺した。彼らの指先は、革製の弦袋に触れ、震えていた。震えは恐怖からではなかった。むしろ、来るべき流血の瞬間への、狩人のような昂ぶりに近い。下を見れば、城門を固めんと、重装歩兵が盾を並べ、槍を構えて壁のように立ち塞がっている。その甲冑の隙間からは、荒々しい息遣いが白い霧となって漏れる。

そして、その時が来た。

外の軍勢が、突如として鬨の声を上げた。それは一つとなったとき、壁をも揺るがすような咆哮となった。同時に、巨大な破城槌が、幾台も引き出され、門へと向かって蠢き始める。その槌の先端は青銅で覆われ、獣の頭を模している。まるで生けるものが、この石と木の関門を貪り食おうとするかのようだ。

「放て!」

城壁の指揮官の怒号とともに、無数の矢が雨となって降り注いだ。それは、陽光を遮るほどの密度であった。しかし、敵の盾はしっかりと組み合わされ、その「雨」をことごとく弾き落とした。矢の鋭い突き刺さる音、盾に当たって跳ね返る鈍い音が、嵐の音に重なる。

破城槌が、最初の一撃を門に加えた。

ゴォォン―――!

都の深部にまで響き渡る、鈍く重たい衝撃音。それに呼応するように、城壁の各所から、敵兵が雲梯をかけてよじ登り始めた。槍と刀が、石壁の上で激突する。金属と金属。時折、甲冑を貫く鈍い音。うめき声。転落する影。城壁の上の通路は、すぐに血と油の滑りやすい泥と化した。

指揮官たちは、赤い外套を翻して激戦地を駆け巡り、声を嗄らして兵を叱咥する。しかし、その声にも力がない。彼らの目には、もはや確信の光はない。ただ、滅びの運命を受け入れる前の、虚ろな焦燥が映っているだけだった。かつては、彼ら自身が他国にこれを与えたものだ。破壊と掠奪の恐怖を。今、それが鏡のように自分たちに跳ね返ってきた。

そして、ついに、南の大門が、木材の裂けるような悲鳴を上げて崩れ落ちた。

破城槌が、ついにその獣の頭で城門の心臓を打ち砕いたのである。崩れ落ちる門の向こうには、血と汗と土埃にまみれた敵兵の群れが、陽光を背にし、無言の塊となって立っていた。一瞬の静寂。

そして、その塊が、堰を切った濁流となって都の中へなだれ込んだ。

掠奪が始まる。王宮へと通じる大通りを、戦車が疾走する。その鉄の車輪が、舗石の上を過ぎるたび、火花を散らす。戦車兵は手にした投げ縄をくるくると回し、逃げ惑う高官や貴族めがけて放つ。縄がからみ、彼らはみるみる引きずり倒される。家々の戸は蹴破られ、金や銀の器物がむき出しの腕に抱えられて運び出される。女たちの悲鳴が、どこからともなく聞こえる。

「略奪せよ! 掠奪せよ!」

叫び声が街を覆う。しかし、その叫びは、勝利の歓喜というより、むしろ、蓄積された破壊衝動の爆発に聞こえた。かつてアッシリアが諸国に与えた恐怖が、今、自らの肉となって帰ってくる。

王宮は炎に包まれた。象牙で飾られた玉座の間も、香料で満たされた宝物庫も、すべてが貪欲な炎の舌に舐め尽くされていく。壁に描かれた、王が獅子を退治する勇壮なレリーフは、すすで汚れ、やがて剥がれ落ちた。そこには、獅子のごとき威勢を誇った者たちが、逃げまどう蟻のような影として映し出されていただけである。

日はゆるやかに中天に昇り、やがて西に傾き始めた。騒音は次第に、散り散りになった略奪者の笑い声や、倒壊する建物の音に変わり、最後には不気味な静寂が都を覆った。ただ、ぱちぱちと燃える炎の音と、どこからか聞こえる泣き声だけが、この巨大な廃墟に生気があることを証ししていた。

風は変わっていた。今は、焼け焦げた木や布、そして死肉の匂いを運ぶ。城壁は無残に破られ、かつて「流れの如し」と讃えられた都の栄華は、文字通り塵と灰に帰した。

荒涼とした廃墟の只中に、一本の槍が、折れたまま大地に突き刺さっていた。その穂先に、夕日が最後の赤い光を投げかけている。まるで、すべてが流した血の代償として。沈黙が、すべてを飲み込んだ。

これは、丘の上に坐する方が、ご自身の定められた時に下された宣告であった。鉄の御手が、陶器師が失敗した器を砕くように、それを成し遂げられた。獅子の巣は永遠に荒れ果て、その咆哮は、もはや歴史の風の中にかすかな反響を留めるのみとなった。

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