聖書

霧晴れる丘の福音

その朝、ガリラヤの丘は乳白色の霧に包まれていた。オリーブの木々の葉先に夜露が光り、冷たい石の上を素足で歩く者たちの足音だけが、まだ眠りの中にある世界に響いていた。漁師のシモンもその一人だった。兄アンデレと共に、何日か前からあのナザレのイエスという人物について行っていた。彼の言葉は、会堂で聞く律法学者のそれとは全く違っていた。重苦しい教えではなく、風のように、時に激しく、時に優しく、心の奥底を揺さぶるものだった。

霧が少しずつ晴れていくにつれ、丘の斜面に人が集まり始めた。大勢ではない。百人にも満たない群衆だった。病人を連れた者、幼子を背負った女、日焼けした顔に深い悩みの跡を刻んだ労働者。彼らは皆、何かを求めていた。癒しを、答えを、あるいは単に、この並外れた人物の話す不思議な力に触れられる瞬間を。

イエスは少し高い岩の上に腰を下ろした。弟子たちが近くに座る。彼は群衆を見回し、深く息を吸い込んだ。その目は、一人一人の顔を、彼らの隠された物語を読むかのようにゆっくりと追っていく。

「心の貧しい人々は、幸いである。」
彼の声は低く、しかし霧を切り裂くように明確だった。
シモンははっとした。貧しいことが幸いだと言うのか? 彼らは毎日、網を修繕し、荒れる湖と格闘し、わずかな稼ぎで家族を養うのに必死だった。貧しさは呪いであり、神の祝福が足りない証拠だと会堂で教えられてきた。
「天の国はその人たちのものである。」
その言葉が、シモンの胸にゆっくりと染み渡っていった。まるで、これまでずっと逆さまに見ていた世界が、カタッと音を立てて正しい位置に収まったかのようだった。神の国は、力ある者や知識ある者のためにあるのではなく、自分自身の無力さを知り、すべてを神に委ねる者のために開かれているのだ。彼は、荒れ狂うガリラヤ湖の中で、自分がいかに小さな存在かをつくづくと思い知らされたあの夜のことを思い出した。

イエスの話は続く。
「悲しむ人々は、幸いである。その人たちは慰められる。柔和な人々は、幸いである。その人たちは地を受け継ぐ。」
言葉の一つ一つが、単なる教えではなく、宣言のように響いた。それは、この世の価値観を根底からひっくり返す宣言だった。権力を振るう者ではなく、柔和な者が。笑い飛ばす者ではなく、悲しむ者が。祝福される。シモンの隣で、長年の病で背の曲がった老女が、すすり泣くような息を漏らした。彼女の肩が、ほんの少しだけ軽くなったように見えた。

そして、イエスは「塩」と「光」について語り始めた。
「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その何が塩を塩たらしめようか。もはや何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。」
シモンは思わず自分の手を見た。塩漬けの魚を扱い、ひび割れたその手。地の塩。それは、大げさでも目立つ存在ではない。ごくありふれた、しかしなければならないもの。腐敗を防ぎ、味を引き立てるもの。彼自身が、そういう存在であれというのか。特別な能力や学問がなくとも。
「あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。」
彼は東の空から差し込んでくる朝日を見上げた。霧は完全に晴れ、ガリラヤの湖が遠くにきらめいていた。光は、自分が光だと主張する必要はない。ただあるだけで、闇を追い払う。弟子たち、そしてこの群衆一人一人が、それぞれの場所で、消えることのない灯台となれというのか。それは途方もない要求のように思えた。

話は深みへと入っていく。イエスは「殺すな」という古い戒めを取り上げ、「兄弟に怒る者はだれでも裁きを受ける」と言った。シモンは内心、たじろいだ。彼は気性が激しかった。湖の漁の権利をめぐり、他の漁師と口論し、拳を振り上げそうになったことも一度や二度ではない。怒りそのものが、目に見えない殺意だとイエスは言う。それは、祭壇に供え物を捧げる以前に、和解せよという命令だった。
「あなたの敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。」
群衆の中から、驚きとため息がもれた。ローマの兵士に荷物を強制的に運ばされ、頬を平手打ちにされた者もいる。取税人に不当な税を搾り取られた者もいる。敵を愛せ? それは、人間の力の及ぶ範囲を超えている。
しかし、イエスは「父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい」と静かに締めくくった。それは、到達すべき頂点としての完全さではなく、目指すべき方向としての完全さだった。神の愛は、善人にも悪人にも等しく太陽を昇らせ、雨を降らせる。その計り知れない愛に、少しでも似る者となる旅路。シモンには、その道のりが途方もなく長く、険しく思えた。しかし同時に、なぜか彼の足元から、これまで感じたことのない確かな力が湧き上がってくるのを感じた。

日はすっかり高くなり、オリーブの木々の間を温かい風が通り過ぎた。イエスは話を終え、再び群衆を見つめた。彼らは皆、茫然としていた。理解できた部分も、理解を超えた部分も、すべてが心の深いところでゆっくりと発酵を始めているようだった。
シモンは立ち上がった。体が重いわけではなかった。むしろ、これまで背負っていたある重い袋を、この丘の上に置いてきたような気がした。彼はまだ全てを理解できてはいなかった。敵を愛することなど、すぐにはできない。しかし、一つだけ確かなことがあった。この人が語る神の国は、会堂の石壁の中に閉じ込められたものではなく、このガリラヤの野にも、荒れる湖の上にも、そして彼自身の貧しく、怒りに満ちた心の中にも、今、芽吹こうとしているものなのだということ。

彼はアンデレと目を合わせ、うなずいた。二人は沈黙のまま、霧の消えた明るい道を、湖の方へと下りていった。その背中には、新しい、そして非常に古い言葉の重みが、光のように優しく降り注いでいた。それは掟の重圧ではなく、まことの自由への、ほのかな暁光だった。

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