エルサレムの城壁の影が、ぎざぎざと谷間へ伸びていく頃合いだった。帰還の民でようやく活気を取り戻しつつある町も、日が落ちればすぐに静寂に包まれた。十年という歳月は、崩れた石塀をいくらか直したが、人々の顔に刻まれた捕囚の記憶まで消し去ることはできなかった。広場の片隅で、ある老人が壁にもたれ、夕風に紛れるように言葉を紡いでいるのを、ごく少数の者が耳を傾けていた。「見よ…ダビデの家と、エルサレムの住民のために、罪と汚れを清める一つの泉をわたしは開く」。それはゼカリヤという名の、痩せた預言者の声だった。聞き手の多くは、わずかに首を振り、各自の家路へ急いだ。泉など、どこにも見当たらなかったからだ。
ヨシャファトは、その言葉を胸にしまったまま、神殿の丘の南斜面に立っていた。まだ三十に満たない若い祭司である。彼の父は捕囚の道中で息を引き取り、母はバビロンの土になった。エルサレムは彼にとって、父祖の地であると同時に、見知らぬ土地でもあった。ゼカリヤの言う「泉」とは何か。文字通りの水が、どこかの岩間から湧き出るというのか。それとも、別の意味か。彼は毎日、同じ疑問を抱きながら、荒れ果てた聖所の礎石を眺めていた。
それからしばらくしたある晩、ヨシャファトは激しい夢を見た。はじめは微かな音だった。地の底から、水が岩を穿つような、しかし優しい響き。やがてそれは大きくなり、エルサレムの石畳の一枚一枚の隙間から、透き通った水がほとばしり出た。水は町を洗い、積もった埃を、そして壁に滲みついた何か黒ずんだものを、音もなく流し去っていく。彼は夢の中で、その水に足を浸した。冷たさではなく、深い、言葉に尽くせない安らぎが、足首から全身に広がった。目が覚めた時、頬には涙が伝っていた。枕元はまだ暗く、夜明け前の気配が窓から入り込んでいた。
町では、別の動きが起こり始めていた。狭い路地裏や、再建された家屋の奥間では、自称「預言者」たちが活発に動いていた。アナトという男は、特に人気があった。派手な身振りで未来を告げ、僅かな銀貨と引き換えに、病気平癒や商売繁盛の保証をささやいた。人々は疲れていた。確かなものなど何もないこの時代、明日への漠然とした不安を、安い予言で紛らわせたいのだ。アナトはしばしば、自らを「霊に満たされた者」と称し、粗末な麻布の外套の下に、偶像の小さな像を隠し持っていた。かつてのバアルやアシェラの名残りを、都合よく改変したまがい物だ。
しかし、ゼカリヤの言葉は、こうも告げていた。「万軍の主は言われる。その日、わたしは国中から偶像の名を断ち、二度と思い出されることはない。また、預言者と汚れた霊をこの国から取り除く」。その「日」が、ある穏やかな午後に、ごく自然に、しかし確実に訪れたように思えた。
きっかけは些細なことだった。アナトがいつものように演説をしていると、一人の農夫が割って入った。顔は日焼けで黒く、手には鍬のマメがこびりついている。「お前は先週、俺の畑が豊作になると言った。だが昨日、塩害で作物の半分が枯れた。どうしてくれる」。アナトはいつものようにごまかそうとしたが、農夫の目は曇っていなかった。周囲に集まっていた人々の目つきも、いつもと違った。かつては憧憬や依存の色が濃かったその視線が、疑いと、ある種の醒めた観察へと変わっていくのが、ヨシャファトにはわかった。それは劇的な変化ではなかった。ただ、ふと霧が晴れたように、人々が偽りの軽さに気付き始めたのだ。
アナトは翌日、町を去った。彼に続くように、他の占い師やまやかしの霊媒たちも、姿を消し始めた。まるで、彼らを支えていた目に見えない土台が、音もなく崩れたようだった。ある日、ヨシャファトは市場で、かつてアナトの弟子だったと思われる少年を見かけた。少年の腕には、新しい傷があった。近所の者たちが尋ねた。「その傷、どうしたんだい。あの『聖なる師』にでもつけられたのか?」 少年は顔をこわばらせ、目を伏せた。「違うよ。…友達の家の垣根で転んだんだ。それだけさ」。彼の声には、かつて師と仰いだ者への、ある種の恥ずかしさと、嘘をつく罪悪感がにじんでいた。預言者の傷は、友達の家で負ったと言わねばならない時代。ゼカリヤの言葉通りだった。
そして、秋も深まった頃、ヨシャファトを含め、誰もが予想しなかった出来事が起こった。民を率い、再建の先頭に立っていたカレブという長老が、急死したのである。彼は公平で信仰深い人物として知られ、人々の信頼を一身に集めていた。その彼が、原因不明の高熱に襲われ、三晩うなされた末、息を引き取った。葬儀の日、エルサレムは重い悲しみに沈んだ。ゼカリヤの、あの不気味な言葉が、いくつかの者の唇をついて出た。「羊飼いよ、立ち向かえ。わたしの仲間よ。万軍の主は言われる、剣よ、羊飼いに向かって立ち上がれ。わたしの牧者を撃て。そして、羊は散らされる」。
羊は散らされた。指導者を失い、人々はそれぞれに思い悩み、ぶつかり合った。再建事業は停滞し、隣接する地域からの圧力に怯える者も出た。ヨシャファトは、神殿再建のための寄進を集めて回ったが、かつては協力的だった家々の戸が、冷たく閉められることも少なくなかった。「今は自分たちのことで精一杯だ」。そう言って、ため息をつく女の顔が、彼の胸に刺さった。
その後の数年間は、まさに「散らされた」状態が続いた。疫病が流行り、不作が重なり、周囲の民との小競り合いも絶えなかった。家族を失い、家を焼かれ、再び流浪の憂き目に遭う者たち。ヨシャファトは時に、神の沈黙を呪いたくなった。あの夢に見た清い泉は、はたして幻想ではなかったのか。多くの者が、この地を見限って去っていった。エルサレムとユダに残った民は、以前の三分の一にも満たない、と誰かが呟いていた。
残された者たちの生活は、苛烈を極めた。ヨシャファト自身、病に倒れ、痩せ細ってほとんど歩けなくなった時期がある。床に伏せながら、彼はただ、神の名を呼ぶしかなかった。祈りの言葉さえ出てこない時は、「主よ」と繰り返すだけだった。ある深夜、ふと窓外を見やると、隣家の職人が、炉の火を焚いていた。銀を精錬するための火だ。真紅の炎が不純物を浮き上がらせ、職人が慎重に掬い取る。その様子を、彼は虚ろな目で眺めていた。やがて、炎の中に残った銀が、純粋な白い輝きを放つのを見た瞬間、彼の胸に一条の光が差したように思えた。
「わたしはこの三分の一を火の中に入れ、銀を練るように練り、金を試すように試す。彼らはわたしの名を呼び、わたしは彼らに答える。わたしは『彼らはわたしの民である』と言い、彼らは『主はわたしの神である』と言う」。
ゼカリヤの言葉が、体の内側から沸き上がってきた。苦しみとは、このようにして清めるための火なのか。散らされることは、真実に立ち帰るための過程なのか。彼はベッドから起き上がり、窓辺に膝をついた。そして、捕囚以来、初めて心の底から、父の神、アブラハムの神に、感謝の祈りをささげた。
十年の歳月が、再び流れた。
ヨシャファトの髪には白いものが目立つようになり、かつての若さは影を潜めた。エルサレムの町は、以前のような慌ただしさはないが、深い、静かな落ち着きを取り戻していた。神殿の再建はゆっくりと、しかし確実に進んでいた。人々の顔には、かつて見られたあの不安や虚ろさではなく、穏やかで確かな決意が宿っているように思えた。
ある夕暮れ、彼はゼカリヤがかつて言葉を語った広場の近くを通りかかった。そこで、若い夫婦が子供に話しかけているのを耳にした。「神さまは、私たちが迷っても、必ず呼びかけに答えてくださるんだよ」。子供は無邪気に首を傾げ、「どうしてわかるの?」と尋ねた。母親がそっと子供の頭を撫でながら、ごく自然に答えた。「だって、私たちがここにいて、こうして祈れるのは、神さまが聞いてくださったからだもの」。
ヨシャファトは足を止め、目を閉じた。耳を澄ますと、町のどこからか、確かに水の流れる音が聞こえてくるような気がした。それは井戸の音かもしれない。あるいは、谷間を流れるキドロンのせせらぎかもしれない。しかし彼にはわかっていた。あの泉は、岩の裂け目から湧き出るものではなかった。散らされ、練られ、試された民の、悔い改めと祈りの中に、静かに、しかし豊かにわき出るものなのだ。そしてそれは、もう、とどまることを知らない。
彼は顔を上げ、薄紫に染まる西の空を見つめた。風が、そっと彼の外套の裾を揺らした。




