聖書

誘惑と裏切りの牢獄

エジプトの地は、ヨセフにとってすべてが異様だった。匂いが違った。ナイルの水が運ぶ湿った土の息吹、市場でかぐわしく燃える香料、そしてどこまでも続く陽射しの焦げつくような熱気。彼を連れて来たイシュマエル人の隊商からポティファルという廷臣の手に渡されたとき、彼は言葉もろくに通じない奴隷にすぎなかった。着ていたあの色とりどりの長衣は、とっくに遠いカナンの地で兄たちの手によって剥ぎ取られ、今や彼の身にまとうのは粗末な亜麻布の衣服だけである。十七歳の少年は、故郷の夢と父の顔を胸の奥に封印し、ただ目の前の塵を踏みしめることしかできなかった。

ポティファルの家は、宮廷に仕える高官らしく広大で、白亜の壁がまぶしか。ヨセフは最初、厩舎の掃除や庭の水やりといった雑務を言いつけられた。何もかもが不慣れで、ほかの奴隷たちからはよそ者として冷ややかな目で見られた。彼らは早口のエジプト語をあやつり、時に彼をからかった。ヨセフは黙って働いた。手を動かしていると、あまり考えずに済んだ。父ヤコブが教えた神、かつて夢で示されたあの不可思議な約束は、この異邦の地では色あせてしまったかのように思えた。

しかし、少しずつ、不思議なことが起こり始めた。彼が関わった仕事は、なぜか滞りなく運んだ。整理した倉庫は見違えるように整い、任された取り引きは小さな利益を生んだ。当初は疑いの目を向けていた執事が、やがて複雑な計算を彼に任せるようになった。ヨセフ自身もわからなかった。ただ、朝、暗いうちに目が覚めると、胸の中に一片の静かな確信のようなものが湧き上がるのを感じた。あの父の神が、ここにもおられるのだ、と。それは大声で告げる啓示ではなく、むしろ無言の同行のような、足元を照らす淡い灯りのようなものだった。

ポティファルは目ざとい男だった。家のすべてが以前よりも潤い、秩序だって動いていることに気づいた。些細なトラブルが減り、収支は安定して増えていった。最初は偶然と思っていたが、あまりに一貫している。彼は執事を呼び、その理由を尋ねた。

「あのヘブライ人の若者です、ご主人様。彼が手を付けるものはすべて栄えます。まるで……彼と共に何かが働いているようです」

ポティファルは眉を上げた。そしてヨセフをじっと観察し始めた。黙々と働くその姿勢、物事を見通す稀な分別、そして何よりも、彼の周囲に漂う不思議な落ち着き。迷信深いエジプト人ではなかったが、ポティファルは目に見えない力というものを信じていた。これは単なる有能な奴隷ではない。やがて彼はヨセフを召し出し、家の一切を管理する者に任じた。蔵の鍵から日々の食卓まで、すべてがこの若い異国人の手に委ねられた。ポティファルは、彼のゆえに主が家を祝福してくださっていることを悟り、食事のこと以外、何一つ気にかける必要がなくなった。ヨセフは、枯れ木に水が染み込むように、その信任に応えた。

家が豊かになるにつれ、ヨセフ自身も少年の面影が消え、肩幅の広い、骨太な青年へと成長していった。顔つきにはカナンの地の風土が刻まれた彫りの深さが残り、目は物事を深く見据えるようになった。異国の地にあって、彼は不思議な安住を見出していた。主が共におられる。その静かな確信が、彼を支えた。

しかし、その安住は、家の内部から湧き上がるほかの力によって揺さぶられることとなった。ポティファルの妻であった。彼女は夫の地位にふさわしい美貌と気品を備えていたが、宮廷の退屈な儀礼に飽き、屋内の華やかだが狭い世界に閉じ込められていた。彼女が最初にヨセフに目を留めたのは、彼が中庭で使用人たちに指示を与えている時だった。エジプトの男たちとは異なる、どこか憂いを帯びた厳しさが、彼の挙動にあった。日に焼けた腕の動きは無駄がなく、言葉少なに、しかし確かに人を動かした。一種の力が感じられた。奴隷の身でありながら、彼は周囲とは明らかに異なる何かを持っていた。

最初はさりげない注文から始まった。「ヨセフ、あの織物を私の部屋に運んでくれないか」「この器物の配置を変えてほしい」。彼はうつむき、簡潔に「承知しました」とだけ答え、用を果たしてすぐに去った。その無愛想とも取れる態度が、かえって彼女の興味を掻き立てた。夫ポティファルは政務に忙しく、家のことはすべてヨセフに任せきりで、妻の元を訪れることも稀だった。空虚な時間が、ある思いを膨らませていった。

ある暑い午後、家の男たちが皆外出し、静まり返った屋内で、彼女は彼を呼び止めた。彼は書類のようなものを手に、廊下を急いでいるところだった。

「ずいぶんと忙しそうね」
「はい。ご用がおありでしたら」
「用? そうね……こっちに来て。あなたの話を聞きたいの。遠い国のこととか」

彼は少し躊躇したが、仕方なく数歩近づいた。しかし距離を保った。彼女は涼しげな部屋の奥に座り、薄い麻の帷を通して外の光がぼんやりと差し込んでいた。彼女の声は意図的に柔らかくされた。

「あなたはここで幸せ? ポティファルはあなたをとても気に入っているわ。でも……奴隷のままでいいの? もっと違う生き方があったかもしれないでしょう?」

ヨセフの目が一瞬、遠くを見た。カナンの野原、兄弟たち、父の顔。しかしそれはすぐに消えた。「今の身分に満足しています。主人が私によくしてくださいます」

「主人? ふん……」彼女はゆっくりと立ち上がり、近づいた。香水の甘い匂いが漂った。「ここにはもう一人の『主人』もいるのよ。わかる?」

彼は一歩下がった。胸が高鳴った。長い間、感じなかった恐怖——混乱と誘惑が入り混じった、鋭い感情が突き上げてきた。「それはできません。ご主人様はこの家の一切を私に任せてくださいました。私に預けられているものを裏切るわけにはいきません。それに……それは大きな罪です」

「罪?」彼女は冷たく笑った。「ここはエジプトよ。あなたの神さまのいない国。誰が見ているというの?」

その言葉が、逆にヨセフの内側にある確信をくっきりと浮かび上がらせた。誰が見ているか。父の神、主が。このエジプトの屋根の下でも、厩舎でも、ナイルの畔でも、常に共におられる方が。その臨在は、ポティファルの信任よりも深く、すべてを見通すものだった。

「いえ」彼の声は低く、しかし揺るぎなかった。「ご主人様に対してだけでなく、天にいます神に対しても、このような悪いことはできません」

彼女の顔に一瞬、怒りの色が走った。それは拒絶された羞恥心と、抑えきれない欲望が混ざった表情だった。彼は深く頭を下げ、その場を離れようとした。

「待ちなさい!」

しかし彼は振り向かず、廊下を速足で去っていった。後ろで、彼女が何か陶器を投げつける音がした。

その後も、彼女の執拗な誘いは続いた。目配せ、わざとらしい接触、人目を避けた言葉かけ。ヨセフは可能な限り彼女と二人きりになる状況を避けた。用事があっても他の使用人を同行させ、彼女の居住区には必要最小限しか近づかないようにした。家の中に張り詰めた緊張が、いつ破裂するかわからない弓弦のように感じられた。彼は祈った。主よ、どうかこの試みから私を守ってください。静かな確信は変わらなかったが、不安はつのった。

そして、運命の日が来た。家中で用事の少ない日、ポティファルは王の務めで遠出し、ほとんどの下男たちも外出していた。ヨセフは屋内の仕事を片付けようとしていたが、不運にも、広い家の中で彼女と出くわしてしまった。彼女はいつもより念入りに装い、一人でいた。

「今日はあなたと話すのにちょうどいい日だわ」彼女の声には、どこか決意が籠もっていた。

ヨセフは何も答えず、横を向いて去ろうとした。その時、彼女が彼の外套の裾をしっかりと掴んだ。

「お願い、私のところに来て」

恐怖が電気のように走った。彼は振り返り、彼女の手を振り解こうとした。しかし彼女はしがみついた。織り上げられた上質な外套が、彼の肩からずるりと滑り落ちた。その瞬間、彼はすべてを捨てて、その場から逃げ出した。外套だけが、彼女の手に残された。

家中に重い静寂が広がった。彼女は、汗と彼の労働の匂いが残るその布地を握りしめ、ゆっくりと自分の部屋に戻った。怒りと屈辱で体が震えていた。拒絶された。奴隷に。計画が、ゆっくりと冷たい形を成し始めた。

夕方、ポティファルが帰宅すると、彼女は泣き崩れるような様子で夫を出迎えた。

「あのヘブライ人の奴隷が、私にどんなことをしたかご存知ですか? あなたが家に連れて来たあの男が! 私が大声を出したら、外套を置いたまま逃げ出していったわ!」

そう言って、彼女は証拠としての外套を差し出した。ポティファルの顔から血の気が引いた。怒りと、それ以上に、自分の信任を裏切られたことへの衝撃が彼を襲った。家の繁栄をもたらしたあの祝福も、今やこの醜聞の前には色あせて見えた。彼は即座に家臣を呼び、ヨセフを捕らえるように命じた。

ヨセフは何の弁明も許されなかった。主人の激怒の前に、彼の言葉は意味をなさなかった。ポティファルは、目に見える証拠と妻の訴えを前に、理性を失っていた。神と共にあるはずの彼が、なぜこんなに簡単に陥れられるのか。ヨセフ自身、その理不尽さに唇を噛みしめた。しかし、心の奥底では、あの静かな確信だけが消えていなかった。主が共におられる。たとえここが、王の囚人を監禁するこの暗い穴であっても。

衛兵たちに引きずられていく時、彼は振り返って、ポティファルの家の白い壁を一瞥した。そこにはかつて、ある種の平安があった。今、彼は埃っぽい地下の牢獄へと降りて行く。しかし、不思議なことに、恐れよりも、むしろどこかで覚悟のようなものが固まっていくのを感じた。外套を奪われ、身ぐるみ剥がれ、再び無一物の囚人となった。けれども、カナンで兄たちに売られたあの日以来、彼が決して失わなかった唯一のもの——それは、どんな闇の中でも、彼を見捨てたことのない、目に見えない同行者の確信だった。

牢獄の扉が重い音を立てて閉じられた。闇が訪れた。しかし、彼の目はやがて薄暗がりに慣れ、わずかな隙間から差し込む光の筋を見つめた。そこには、エジプトの太陽と同じく、変わることのない主の憐れみが、静かに注がれているように思えた。物語は、ここで終わらない。むしろ、この暗い場所から、新たな歩みが始まるのだ——と、彼はなぜか信じていた。

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