砂漠の昼下がり、その熱は岩をも鈍く曇らせるようだった。シナイの山は、稀薄な青空に鋭く切り立ち、頂は見えぬほど神々しい霞に包まれている。麓の広い平野には、雲のように、また海のように、イスラエルの宿営が広がっていた。羊皮の天幕が幾重にも連なり、竈の煙がまばらに立ち昇る。が、そこに満ちていたのは、静謐でも平穏でもなかった。空気が、重く、ざわついていた。
四十日。彼らの指導者モーセが、あの山に登ってから、もう四十日が経とうとしている。最初は祈りと畏れをもって見上げていた民の目にも、次第に疲れと、得体の知れぬ焦燥が滲み始めていた。あの方は山で、我々を置き去りにしたのではないか。あるいは、あの荒れ野そのものに飲み込まれてしまったのではないか。エジプトを出て、葦の海を分け、天からのマナを食べ、岩から水を飲んだ。しかし、今、彼らを導くべき肉声は聞こえず、眼前にあるのは果てしない砂礫と、ただ黙して険しい山の斜面だけだった。
宿営の奥、モーセの天幕の近くで、人々がアロンの周りに押し寄せた。汗と砂塵の匂いが混じり合う。「我々を導く者を、我々自身のために作ってくれ」と、ある男の声が荒れていた。それは、エジプトの肉鍋を懐かしんだときと同じ、低くうなるような不安の調子だった。「あのモーセという男は、我々をエジプトの地から連れ上ったが、いったいどうなったか分からぬ。先行くべき神々さえ、我々には見えない」
アロンは立っていた。彼はモーセの兄であり、民の前に立てられた祭司であった。彼の胸にも、弟の無事に対する不安と、この沸き立つ群衆を前にした無力感が、二重の重しとしてのしかかっていた。彼は静かなる人だった。燃えるような預言者の資質は、弟にこそあり、自分にはなかった。彼の目は、迫り来る民衆の顔、一つ一つをゆっくりと見渡した。その中には、かつてエジプトで一緒に煉瓦をこねた者もいれば、葦の海の岸辺で主の救いを叫んだ者もいた。今、その同じ目が、恐怖にゆがみ、焦りに曇っている。
「ならば」と、アロンの声は、意外なほど柔らかく、しかし力なく響いた。「あなたがたの妻、息子、娘の耳にある金の耳輪を外して、私のところに持って来なさい」
その言葉が、どのような思いから出たものか、アロン自身も判然とはしていなかった。時間を稼ごうとしたのか。あるいは、民の熱狂を、目に見える何かに収斂させ、かろうじて秩序を保とうとしたのか。または、深い無信仰が、彼自身の心の底にも忍び込んでいたのか。いずれにせよ、言葉は発せられ、民は、堰を切ったように動き出した。
たちまち、宿営中から金の装飾品が集められた。女たちが涙ながらに手放した婚礼の耳飾り、幼い頃から身に着けていた細工物。それらは、ざくっと草の上に、あるいは亜麻布の上に積み上げられ、異様な輝きを放った。エジプトを出るとき、隣人から「借りた」金銀の一部が、こうして、砂漠の真ん中で山となった。
アロンはそれらを受け取り、一つの炉の中へ放り込んだ。炎が上がり、貴金属は無情にも、赤く、そして黄白く熔けていった。職人の技を借り、鋳型が作られた。やがて冷え固まったそれを取り出し、彫刻工具で形を整えていくうちに、一つの像が姿を現した。子牛である。若い雄牛の姿だ。エジプトで見慣れた、アピス神の聖獣のイメージが、無意識のうちに手を動かしていたかもしれない。しかし、それは完全なエジプトの偶像というより、どこか拙く、野太い、砂漠の民の手になる金の塊だった。
アロンはそれを見つめ、そして、再び人々に向かって言った。「イスラエルよ、これがあなたをエジプトの地から連れ上ったあなたの神々だ」
民は沸き立った。不安が、瞬間的に、熱狂的な安堵に変わった。目に見える神。手で触れられる神。歩みを共にしてくれる、肉付きの良い若い雄牛の姿。それは、雲の柱や火の柱のように気まぐれで捉えどころのない方より、はるかに親しみやすく、頼りがいのある「導き手」に見えた。彼らは翌朝早くから犠牲を整え、燔祭をささげ、そして座って食べたり飲んだりし始めた。食べて、飲んで、陽気になった彼らは、やがて立ち上がり、踊り始めた。
その踊りは、主の前での喜びの踊りではなかった。規律も節度も失われ、狂おしいほどの熱気に包まれた乱舞だった。男たちは肌を露わにし、女たちの装身具が乱れ、叫び声と太鼓の音、笛の音が砂漠の静寂を引き裂いた。香奠の煙と、焼かれる肉の匂い、そして汗の臭気が混じり合い、宿営全体が、巨大な、淫らな饗宴の場と化していった。
一方、山の上では。
モーセは、二枚の石板を受け取っていた。指で書かれた神の言葉。石そのもののように確かな、永遠の契約。しかし、彼が民の宿営の方に目をやると、そこには、喧騒の渦が巻いているのが見えた。はるか下方、蟻のように蠢く人々の様子が、不吉な予感として胸を衝いた。
主の声が彼に響いた。「さあ、下れ。あなたがエジプトの地から連れ上ったあなたの民は、堕落した。彼らは早くも、私が命じた道を離れ、自分たちのために鋳物の子牛を造り、それを拝み、それに犠牲をささげて、『イスラエルよ、これがあなたをエジプトの地から連れ上ったあなたの神々だ』と言っている」
神の怒りは、山を揺るがす雷火のようだった。「わたしは彼らを見て、怒りの火を燃やし、彼らを滅ぼし尽くそう。そして、あなたを大いなる国民としよう」
モーセは立った。手には冷たい石の板。その重みは、今、民全体の運命の重みと感じられた。彼は祈った。いや、嘆願した。執り成した。荒れ野をさまよった四十年の記憶、アブラハム、イサク、イスラエルへの約束、エジプト人の嘲笑、主ご自身の栄光の御名。彼の言葉は、必死であり、切実であり、時には論理的でさえあった。それは、神と人との間で、一人の人間が全身で紡ぐ、かすかではあるが断固たる抗いだった。
そして、主は、御心を翻された。民に下そうとされた災いを、思い直された。
モーセは、石板を両手に抱え、山を下り始めた。ヨシュアが彼を出迎えた。「宿営の中に戦いの声がします」と、若き戦士は言った。モーセは答えた。「それは勝利の叫びの声でも、敗北の叫びの声でもない。私は歌声を聞く」
彼らが宿営に近づくにつれ、その「歌声」は、明らかに淫らな祭りの騒音であることが分かった。そして、ついに彼の目が、宿営の中央、人々が群がり踊るその焦点にあるものを捉えたとき、モーセの全身の血が逆流するのを感じた。
金の子牛。人々はそれに向かって笑い、踊り、ひれ伏している。
その瞬間、彼の両手から、石板が滑り落ちた。神ご自身の指で刻まれた、あの契約の板が、岩にぶつかり、粉々に砕け散った。石の粉が、砂埃のように舞い上がった。それは、民が自らの手で、契約を破ったことを、無言のうちに象徴する行為だった。
彼は、燃えるような怒りと、底知れぬ悲しみに胸を締め付けられながら、人々が造った子牛を取り、火の中に投げ入れた。熔けた金は、再び形を失い、彼はそれを粉々に砕き、水の上にまき散らし、イスラエルの人々に飲ませた。苦い金の混じった水を、彼らは飲み干さねばならなかった。自分たちが拝んだものの末路を、自らの喉を通して知るためである。
そして彼は、アロンに向き直った。「この民があなたに何をしたというのか。あなたは、彼らにこんな大きな罪を犯させた」
アロンは、顔を上げることもできなかった。「わが主よ、どうか怒りを燃やさないでください」と、彼の声は震えていた。「あなたはこの民の悪を知っています。彼らは私に、『我々を導く神々を、我々のために造ってくれ。あのモーセという男がどうなったか、我々には分からないから』と言いました。それで、私は彼らに『だれでも、金を持っている者は、それを外せ』と言いました。彼らは私にそれを与え、私がそれを火に投げ入れると、この子牛が出て来たのです」
その言い訳めいた説明は、全ての惨状を前にすれば、いかに空虚に響いたことか。モーセはそれに直接答える代わりに、宿営の入口に立って叫んだ。「だれでも主につく者は、私のもとに集まれ」
レビ族の者たちが、皆、彼のもとに集まった。彼は彼らに命じた。「イスラエルの神、主はこう言われる。『おのおの腰に剣を帯び、宿営の中を門から門へ行き巡って、おのおのその兄弟、その友、その隣人を殺せ』」
その日、荒れ野に響いたのは、祭りの騒ぎではなく、同胞相撃つ剣の音と、泣き叫ぶ声だった。罪の代価は、血をもって支払われた。主の前に身を清めるという、苛烈無比な行為によって。
夕方、モーセは再び民の前に立った。彼の顔は疲弊し、しかしその目には、消えぬ決意の光があった。「あなたがたは大きな罪を犯した」と、彼は言った。「今、私は再び主のもとに上る。あなたがたの罪のために、私が償いを願おう」
次の日、モーセは再び主に言った。「ああ、この民は大きな罪を犯しました。自分たちのために金の神々を造ったのです。今、もしもあなたが、彼らの罪を赦されるならば──。しかし、もしも、されないのでしたら、どうか私を、あなたが書き記された書から消し去ってください」
祈りは、呻くように、岩の間に吸い込まれていった。風が吹き、砂が舞う。沈黙が続く。
そして、返答があった。「わたしの書から消し去ることはない。しかし、罪を犯した者を、わたしはわたしの日に訪れる」
主は疫病を民に下された。それは、剣を逃れた者たちへの、厳粛な裁きのしるしであった。
モーセは宿営に降りて行った。彼の背中は、以前よりもいくらか曲がって見えた。しかし、その歩みは、砕かれた契約と、赦しを請う祈りと、消されることのない名とを共に背負い、なおも荒れ野を進んで行く者の、重くも確かな歩みだった。金の子牛の灰は、やがて砂に埋もれる。しかし、その教訓は、岩に刻まれるように、民の記憶の底に沈殿していった。目に見えぬ神に信頼し、待つことの難しさ。そして、それでもなお、執り成し続ける者がいることの、かすかな希望が。




