聖書

赦免の年の選択

その年の夏は、とりわけ厳しかった。ヨルダン川の東、ギレアドの丘陵地帯に広がるわたしたちの村には、雨の気配がまるでなく、日々、白い陽炎が揺らめいていた。畑の小麦は背が低く、実りの痩せ細った姿を見せ、オリーブの葉には埃が厚く積もっていた。父は、朝まだきに囲いの中の羊の数を数え、深く、深く嘆息するのだった。

わたしの家には、ヒラムという下働きの男がいた。六年前、父が隣村の負債者から、借銀の抵当として迎え入れた者である。腕は立つが、口数は少なく、いつも遠くを見つめるような目をしていた。妻と幼い子を病で失い、土地も家畜も失った末の来訪であった。彼は、家族の墓がある西の方角へ、仕事の合間にじっと眺めをやる癖があった。

「七年目が近づいているな。」

ある夕餉の時、父が突然、口を開いた。母が湯気の立つ豆の煮物を運ぶ手が、ほんの一瞬、止まった。

「…そうですね。」と、ヒラムは俯き加減に答えた。

「主がモーセを通して語られた律法を、わたしは守ろうと思う。」父の声には、重々しい決意が込められていた。「来るべき免除の年、お前を自由の身とする。ただ解放するだけでなく、囲いの羊の群れから、打ち場の産物から、榨り場の油から分け与え、お前の手を満たして送り出そう。」

膳の周りは沈黙に包まれた。ヒラムの肩が、微かに震えた。解放。それは彼が夢に見てきたことでありながら、この家と家族のように暮らしてきた六年の月日は、彼の足に目に見えぬ鎖を巻きつけてもいた。行く当てもない自由とは、果たして何なのか。幼いわたしでさえ、その複雑な空気を感じ取ることができた。

翌日から、父の行動は変わった。まず、村の長たちと集い、負債に苦しむ近隣の者たちについて語り合った。ある者は、「七年目が近いから、貸すのを躊躇うのは自然だ」と口にした。父は静かに首を振り、あの石のように固い口調で言った。

「それは、心に邪な考えを抱くことだ。貧しい同胞に手を閉ざせば、彼らが主に叫ぶとき、その罪は我々に及ぶ。惜しみなく与えよ。主は、その行いを祝福して下さる。」

そして父は、ただ言葉で言うだけではなかった。疲れ果てて土地を手放そうとしていた隣人に、種籾と若い雄山羊を分け与えた。返済を期待してではなく、その兄弟が再び立ち上がる助けとするために。ヒラムに対しては、より一層、仕事のすべてを伝えようとした。羊の習性、オリーブの剪定のこつ、旱魃に強い雑穀の蒔き時。それは、もはや主人としもべというより、師と弟子のような関係であった。

ヒラムの顔には、かつてない迷いの色が浮かぶようになった。ある夜、わたしは納屋の陰で、彼が独り言をつぶやくのを耳にした。

「…自由。あの約束の地は、今は見えぬ。この地で、わたしは何を始めればよいのか。」

やがて、第七年の秋が訪れた。過越の祭りも終わり、畑の収穫は思いのほか、主の慈しみにより、わずかながらもあった。父は家中を清め、新しい衣服を用意させた。解放の儀式は、家の門の前で執り行われることとなった。

村人たちが集まる中、ヒラムは洗い清めた身に、父が与えた上質の羊毛の外套をまとっていた。父は彼の前に立ち、彼の肩に手を置いた。父の目尥には、深い皺が刻まれ、そこに光るものがあった。

「聞け、ヒラム。今日より、汝は自由の身である。汝の神、主が汝を祝福されたように、出て行くがよい。」

父は続けて、一袋の銀と、一頭の若く強い驢馬、そして満たされた革袋を彼に手渡した。囲いからは、最も頑健な若羊が連れ出された。ヒラムは、それらの贈り物を見つめ、そして父の顔を見つめた。彼の頬を、一粒の涙が伝った。それは、悲しみでも、喜びでもなく、長い間凍りついていた何かが解けた時の、温かな水の流れのように見えた。

彼は深く息を吸い込み、震える声で答えた。

「わたしは、あなたとあなたの家を愛しております。妻と子にも愛されています。自由をいただきましたが、どうか、このまま仕えさせてください。」

父はゆっくりと首を横に振った。しかし、その目は優しかった。

「良きしもべよ、その言葉はわたしの心の慰めだ。しかし、主が定められた道はそうではない。汝は自由であり、兄弟である。もし留まりたいというなら、それは新たな契約によるものでなければならない。穿孔錐で耳に穴を穿ち、生涯のしもべとなることを選ぶか。それとも、主が備えて下さる新しい地へ、祝福を持って旅立つか。」

日差しが、二人の間に沈みゆく影を長く伸ばしていた。ヒラムは目を閉じ、そして、ゆっくりと膝を折り、地面に手をついた。すべての村人たちが息を呑んだ。彼は顔を上げ、はっきりと言った。

「…旅立ちます。あなたが分け与えてくださったこれらのものと、この六年で学んだすべてを携えて。主が、わたしの行く先をも導いてくださると信じます。」

父はうなずき、彼を抱き起こした。そして、祝福の言葉を唱え、彼の額に口づけした。ヒラムは驢馬に荷を載せ、群れを去る若羊の首に手をかけた。彼は一度、振り返り、わたしたち一人一人の顔を見つめ、深々と一礼した。そして、西へ、彼の家族が眠る地へ、そしてその先へと、歩み出ていった。

彼の背中が丘の向こうに消えた時、父はそっと呟いた。

「主は言われた。『この戒めを守るならば、貧しい者はあなたがたの中からいなくなる』と。しかし、この地に貧しさがなくなる日が来るだろうか。来るとしても、その日まで、わたしたちの手は硬く閉ざされてはならない。今日、ヒラムに与えたものは、実は主がわたしに与えて下さったものなのだから。」

その夜、囲いの羊の数は減っていた。しかし、父の顔には、まるで豊作の時のような、深い満足の色が漂っていた。わたしは、ヒラムが去った納屋の隅に、彼が磨き上げた一つの木の鉢が置かれているのを見つけた。それは、何も言わず、そしてすべてを物語っていた。免除の年とは、負債を帳消しにするだけの年ではなかった。固く結ばれた絆を、主が定められたリズムの中で一旦解き、それを「所有」ではなく「慈しみ」によって、新たに結び直す時。硬くなった心の土地を耕し、そこに慈愛の種を蒔く時。ヒラムの背中は、その種が風に乗って運ばれていくように、闇の中へ消えていったのである。

返信する

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です