エルカナは、朝もやがまだ谷間にたなびく頃から、ベテルの高き所に顔を伏せていた。石の冷たさが額に染みる。周りには、イスラエルの各部族から集まった男たちのざわめきが、重苦しい空気を震わせている。集会というよりは、巨大な生き物が苦しげに呻いているようだった。彼は目を閉じ、先の戦いの光景を消そうとした。ギブアの惨劇、そしてそれに続く兄弟部族ベニヤミンへの怒りの戦い。刃は血に飽き、誓いは鉄のように冷たく固まった。――我々は娘を彼らに与えない、と。
その誓いの余韻が、今、全イスラエルを鉛のように縛っていた。エルカナは顔を上げ、遠くに見えるミツパの方をぼんやりと見つめた。あの地で、彼らは怒りに燃え、ベニヤミンをほとんど滅ぼし尽くした。六百人の男が逃げ延びた岩の地、リンモンだけが、今やベニヤミンの名残だった。戦いの熱が冷め、殺伐とした勝利の後に訪れたのは、底なしの虚無感であった。ひとつの部族が、イスラエルの宿営から消え去ろうとしている。契約の箱を囲む十二部族が、十一になる。彼らの胸に、初めて戦いよりも恐ろしい「後悔」が這い上がってきた。
「我々はどうして、兄弟イスラエルを滅ぼすほどにまで怒ったのか」
誰ともなく漏れた言葉が、集会を覆った。泣く声があちこちから聞こえる。彼らは主の前に断食し、燔祭と酬恩祭をささげた。煙はゆらゆらと立ち上り、悔いの祈りと混ざり合う。しかし、石に刻んだ誓いは消えない。娘を与えないという誓いが、今、ベニヤミン復活の道を塞いでいた。
三日目の夕暮れ、沈黙を破るように長老のひとりが立ち上がった。「ヤベシュ・ギレアデは、この大いなる集会に上って来なかった。主が定められた定めに従い、彼らを討つべきではないか」。人々の顔に、新たな苦渋が走った。戦いの傷がまだ癒えぬのに、また刃を執らねばならないのか。しかし、それは誓いを破らずにベニヤミンを救う、唯一の歪んだ光だった。――戦いに加わらなかった者から、娘を娶らせよう。
エルカナは、遠征に加わることを志願した。怒りではなく、義務のような、重い思いで。ヤベシュ・ギレアデへの道は長く、足取りは沈んでいた。彼の部隊は町を包囲し、声を張り上げて告げた。「出て来い。さもなければ、剣をもって臨む」。返答はなかった。町は静まり返り、不気味なほどに平穏だった。彼らが打ち込んだ時、見つけたのは、戦いを恐れて家に潜む者たちばかりではなかった。町の奥、織機の傍らで震える処女たちの群れがいた。四百人。彼らはその娘たちを生かし、すべての男と既婚の女を刃にかけた。エルカナは、手にした剣の重さに膝が崩れそうになった。主の命じる裁きとはいえ、これは正しいのか。灰と血の臭いが立ち込める中、娘たちの嗚咽だけが、乾いた風に運ばれた。
ベニヤミンの生き残りがいるリンモンの岩に、イスラエルの使者は近づいた。六百人の男は、憔悴し、目には獣のような警戒の色が浮かんでいた。使者はヤベシュ・ギレアデから連れて来た娘たちを前に立たせた。「これらを妻とせよ」。しかし、数が足りない。四百の女に、六百の男。二百人がまだ妻を持たぬ。人々は再び頭を抱えた。もう他に戦わない町はない。誓いは依然として彼らを縛る。
すると、ある古老が、かすれた声で言った。「シロで、毎年主の祭りがある。その時、娘たちが踊りつつ、ぶどう畑から出てくるではないか」。集会は水を打ったように静かになった。誰もがその意味を悟った。そして、その非道さに言葉を失った。直接与えるのではない。奪わせるのだ。目をつぶり、見ないふりをさせる。それならば、誓いを破ったことにはならない。エルカナは、この欺瞞に背筋が寒くなった。彼らは主の祭りを、略奪の機会として利用しようとしている。神への奉仕が、人間のごまかしに塗り替えられようとしている。
しかし、行き詰った集団は、このほの暗い小径にすがりついた。ベニヤミンの男たちに命じられた。「行け。ぶどう畑に身を潜めよ。シロの娘たちが踊り出てきたら、おのおの妻を捕らえ、ベニヤミンの地へ走れ」。そして、イスラエルの長老たちは、娘たちの父兄に、苦い言い訳を用意した。「我々は彼らを戦いで赦した。だから、あなたがたが娘を自ら与えなかったので、今、あなたがたは罪を犯したことにはならない」。言葉の綾。誓いの抜け道。エルカナは、その場に立ち尽くしながら、主がこれをどう見ておられるか、考えるのを恐れた。
祭りの日、シロは例年の喜びに包まれていた。過ぎ越しの頃の風は柔らかく、若い娘たちは色とりどりの衣をまとい、歌いながらぶどう畑の間を踊り歩く。笑い声が青空にこだまする。その歓楽のただ中に、突然、影が躍り出た。ベニヤミンの者たちだ。彼らは瞬く間に娘たちの中に飛び込み、叫び声と混乱を引き裂きながら、目当ての者を力づくで奪い、走り去った。逃げる男、追う父兄、悲鳴を上げる娘たち。祭りは一瞬にして惨劇に変わった。
エルカナは、遠くの丘の上からその光景を見下ろしていた。手を出さなかった。止めに入らなかった。ただ、唇を噛みしめ、目を閉じた。彼の耳に、長老たちのあの言葉が繰り返し響く。「我々は誓いを破らなかった」。確かに、文字通りではない。だが、祭りの場で踊る娘を、待ち伏せて奪うこと。これが、族長アブラハムの神、出エジプトの主が求めておられる義だろうか。士師の時代。王がなく、おのおのその目に正しいとすることを行う時代。その「正しさ」が、ここまで歪んでしまうのか。
しばらくして、シロから奪われた二百の娘たちは、リンモンの岩に連れて行かれた。ヤベシュ・ギレアデからの四百の女と合わせて、六百。ベニヤミンの男たちは、つぎはぎの家族を得て、嗣業の地に帰って行くことを許された。部族は消滅を免れた。イスラエルの十二は保たれた。
しかし、エルカナはベテルを離れる時、振り返らずにはいられなかった。祭壇の煙はもう上がっていない。人々は安堵と、やり切れなさと、言いようのない後味の悪さを胸に、それぞれの町へと帰って行く。彼は道を歩きながら、祈った。「主よ。あなたの民は、あまりにも多くの血を見ました。怒りと悔いと、そして巧妙な偽りで、この傷を縫い合わせました。この縫い目は、いつかまた解けるのでしょうか」。答えはなかった。ただ、士師の時代の荒野を吹き抜ける風だけが、乾いた音を立てていた。
彼は知っていた。これは救いの物語ではない。これは、罪が罪を生み、人間の知恵が神の律法を骨抜きにする、あまりに人間くさい悲惨の記録である、と。そして、その記録の最後に記されるであろう言葉が、今すでに、彼の心に重く響いていた。――そのころ、イスラエルには王がなく、おのおのその目に正しいとすることを行っていた。




