聖書

沈黙の中の子羊

その日、朝露がまだ野の草葉に光っていた頃、ヨナタムは丘の上に立って、遠くの村を見下ろしていた。風が彼の擦り切れた外套の裾を揺らす。足元では、彼が育ててきた数十頭の羊たちが、淡い金色に染まる牧草地を平穏に食んでいる。しかし、彼の心には平穏など微塵もなかった。眼下の穀物倉に翻る、あの旗が目に焼き付いて離れない。旗には、新しい地主シェムの紋章である剣と橄欖の枝が、不気味に交差して描かれていた。

シェムがこの地にやって来てから、すべてが変わった。彼はエルサレムから来たと言い、金とコネでこの谷一帯の土地権を、まるで軽い羽根を拾うように手に入れた。最初は笑顔で挨拶を交わし、小さな贈り物までくれた男だ。しかし、権利書が彼の手に渡ると、その顔は硬化した。水路の使用料だ、草地の共有税だ、と次々に名目のついた取り立てが始まり、やがてそれは、かつては彼らのものであった収穫の十分の五、という途方もないものに膨れ上がった。拒む者には、夜中に畑が荒らされ、脅しの言葉が刻まれた石が戸口に転がる。村の長老が抗議に出向くと、翌日、その長老の息子が巡邏中のローマ兵に些細な罪で拘引される。シェムは、ローマの徴税人とも、地方の守備隊長とも、どこかで糸を繋いでいるらしかった。

「父さん。」背後から、息子のエリアブの声がした。十六歳になるが、背はまだ十分に伸びておらず、父の肩までしかない。「マアカの家のことを聞いた?昨夜、シェムの手下がやって来て、去年の税の踏み倒しだと言って、彼らの雌山羊の群れを半分ほど連れて行ったらしい。残ったのは老いた獣と子山羊だけだ。あれでどうやって暮らせというのか。」

ヨナタムは答えず、ただ歯を食いしばった。唇の内側に、鉄の味が広がる。詩篇の作者が嘆いたように、「悪者は、心の欲するままに、貧しい者を追い詰め、貪る」。彼らの欲望は谷間を覆う暗雲のようで、隙間から差し込むわずかな陽光さえも奪い取っていく。神よ、なぜ?なぜあなたは遠く離れておられ、苦難の時に隠れておられるのか。この祈りは、彼の胸中で、毎日、軋む石臼のように回り続けていた。

数日後、村の井戸端で、彼はシェムの行列を目撃した。シェムはろばではなく、立派な馬に乗っていた。刺繍が施された上質のマントを翻し、護衛の屈強な男たちを従えている。彼は村人たちを見もせず、どこか遠くを見据えたまま、ゆっくりと通り過ぎた。その横を、痩せこけた身なりの女が、水がめを頭に載せてうつむきながら歩いていた。シェムの馬の蹄が跳ね上げた小石が一つ、女の足元にぱしりと当たった。女はわずかに身を縮めたが、顔を上げることはなかった。シェムは微塵も気に留めない様子だった。

「彼は、その鼻で言う。『神は尋ねない』と。」
ヨナタムの脳裏に、詩篇の言葉がよぎった。まさにその通りだ。シェムの傲慢な横顔は、神の審きなどこの世には存在しない、と宣言しているように見えた。彼は「神などいない」と口にすることはないだろう。神殿には多額の献金もするだろう。しかし、その行いのすべてが、神の目を恐れず、弱い者を踏み台にする、静かな無神論に満ちていた。

その夜、家の粗末な炉辺で、家族と薄い雑炊を啜りながら、ヨナタムはふと思い出した。まだシェムが来る前、父が生きていた頃の冬の夜のことだ。吹雪で外に出られず、一家で炉端に集まっていた時、父が静かに語った言葉を。「主は、王としていつまでもとこしえに。国々はみ、御国から滅びうせる」。あの時、それは暖炉の火のように、ただ心安らぐ約束に聞こえた。今、この現実の中で、その言葉はあまりに遠く、色褪せて聞こえる。彼は自分自身の心の弱さに、恥じた。

ある嵐の迫る午後、最悪の知らせが届いた。シェムが、ヨナタムの家族が三世代にわたって耕してきた、あの小さなぶどう畑を、「境界線の再整理」の名の下に、自分の所有地に組み込むと宣言したのだ。抗議に出向いたヨナタムに対して、シェムは書斎とも倉庫ともつかない広い部屋で、羊皮紙の書類をさっと示しながら、薄笑いを浮かべて言った。「法は法だ。お前の祖父の時代の境界石は、もはや何の効力もない。情けはかねない。代わりに、わしのオリーブ園で働くことを認めてやろう。日当は…まあ、相場通りだ。」

その帰り道、激しい雨が叩きつけ始めた。ヨナタムはぬかるみに足を取られながら歩いた。顔を上げれば、鉛色の雲が、まるでシェムの権勢のように、谷全体を覆い尽くさんとしている。彼の心は煮えたぎるような怒りと、底なしの無力感で満たされた。神はどこにいる?不正を見ておられながら、なぜ手を下されない?祈りは天の青銅に遮られ、地に落ちて砕け散るだけだ。彼は荒々しく雨空を見つめ、声にならないうめきを上げた。

その時、傍らの岩陰で、何かが動く気配がした。警戒して覗き込むと、一匹の子羊が、震えながら雨に打たれていた。どうやら群れからはぐれたらしい。ヨナタムはためらった。今の自分に、これ以上世話をする余裕があるか?しかし、彼は無意識に外套を広げ、その冷えた小さな体を包み込んだ。子羊は、微かな鳴き声をあげて、その温もりに身を寄せた。

その小さな命の温かみが、彼の腕に伝わってきた瞬間、ふと、長い間忘れていたある感覚が、心の奥からよみがえってきた。それは、自分が完全に無力ではない、という感覚ではなかった。そうではなく、たとえこの大きな不正の前に自分が小さく見えても、この瞬間、この場所で、ある一つの命を守る行為は、無意味ではない、という確かな手応えだった。悪は確かに強大だ。神の沈黙は重い。しかし、沈黙は無関心と同じではない。父が言った「とこしえの王」は、この雨の中にも、この震える命の中にも、まだおられるのかもしれない。

家に帰り、子羊を家族に預け、乾いた藁の上に寝かせてやった後、ヨナタムはいつものように暗い窓辺に立った。外は相変わらずの暗闇と雨だ。しかし、彼の心には、先ほどの沸騰するような絶望はもうなかった。代わりに、静かだが、消えない確信のようなものが沈殿していた。シェムの旗は明日も翻っているだろう。脅しは続くだろう。苦難はすぐには去らない。けれども、彼は祈り続けることにした。不正を前にしてなお、なぜか希望を捨てきれない、その気持ちに従って。詩篇の作者が最後に歌ったように、「みことばを望み見る」ことを。

彼は窓から顔を背け、炉辺で子羊の世話をする妻と子供たちの姿を見た。炎の灯りが彼らの顔を柔らかく照らしている。神は、遠くにおられるかもしれない。しかし、弱い者をかばい、孤児と虐げられる者のためにさばきをされるお方だ、というあの言葉は、今、この小さな家の営みの中に、かすかながらも確かに息づいているように感じられた。嵐はまだやまない。しかし、丘の上の羊飼いは、再び明日の朝、丘に登ることを決めていた。

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