夕暮れがガリラヤの丘を柔らかな紫色に染めていた。ヨセフは、オリーブの木の下に腰を下ろし、遠くに見える村の灯りをぼんやりと眺めていた。彼の心は重かった。隣人との些細な言い争いが、まるで大きな岩のように胸にのしかかっている。あのとき、彼はなぜあんなにも簡単に、レメクのことを「無思慮な男」と決めつけてしまったのだろう。夕べの風がそっと通り過ぎ、木の葉がかすかに揺れる音だけが聞こえる。
その三日後、ヨセフはカペナウムの町外れで、一人の旅の教師の話を聞く機会があった。教師は群衆を前に、ごく自然に、しかし深く響く声で語り始めた。「裁いてはいけない。あなたがたが裁かれないためである」。その言葉が、ヨセフの心にずしりと落ちた。彼は、レメクのあの時の行動を、すぐに悪意あるものと断じた自分を思い出した。教師は続けた。「なぜ、兄弟の目にあるおが屑に気づきながら、自分の目の中の丸太に気づかないのか」。周囲からかすかな息づかいが聞こえた。誰もが、心の中で誰かを量り、断罪していた自分に気づいたのだ。ヨセフは自分の手のひらを見つめた。そこには、日々の仕事でできた小さな傷や汚れがあった。自分自身も完璧ではない。なのに、どうして他人の欠点をあれほど鮮明に見て、責め立てたのか。その夜、帰路につくヨセフの足取りは、来た時より少し軽かった。
それから幾日か、ヨセフはあるもどかしさに駆られていた。父から受け継いだ小さな畑のことで、どうしても理解できないことがあった。種を蒔き、水をやる。しかし、なぜある年は実り、ある年は枯れるのか。彼は知りたかった。ある朝、彼はひらめいた。あの教師の言葉を思い出したのである。「求めよ、そうすれば与えられる。探せ、そうすれば見つかる。門をたたけ、そうすれば開かれる」。半信半疑だったが、彼は毎日、仕事の前後に、静かな時間を作り、単純な問いを繰り返した。「どうしたら、この地をよく耕せるのか」。目に見える答えはすぐには来なかった。しかし、彼は気づき始めた。隣の年老いた農夫が、土を触る時の手法に、ある秘訣があることに。彼はためらったが、尋ねてみた。老人は驚いたように目を細め、そして、曇った目を輝かせて、長年の経験を少しずつ話してくれた。求め続けること。それは、突然の雷鳴のような答えではなく、徐々に開かれてゆく、細い小道のようなものだった。
ある蒸し暑い日、町の広場で、二人の男が激しく論じ合っていた。一人は力強い声で、華やかな身なりをし、「寛容こそすべてだ! 門は広く、道は平らだ!」と叫んでいた。もう一人は、質素な衣服に身を包み、声は大きくないが、「入るのに努めよ。狭い門を通れ。滅びに至る門は広く、その道は広々として、そこから入る者が多い」と、繰り返し言うだけだった。群衆の大半は、最初の男の方に引き寄せられていた。その言葉は心地よく、耳障りがなかった。ヨセフは迷った。後者の男の言葉は、あの丘の教師の語り口にどこか似ていた。しかし、それは厳しく聞こえた。その夜、彼はふと、自分がよく通る二つの道を思い浮かべた。一つは町に続く、多くの人が行き交う広い道。もう一つは、自分の畑に続く、狭くて石の多い小道。広い道は快適だが、どこへでもつながっているわけではない。狭い道は歩きにくいが、確かに自分の大切な場所へと導く。教師の言う「狭い門」とは、ただ厳しい規則ではなく、むしろ、自分が真に目指すべき場所へと向かう、注意深い選択なのではないか、と考えた。
その後、ヨセフは最初の男、アブデゴと名乗る人物が、実は金持ちの家に取り入り、高価な護符を売りつけていると耳にした。彼は「実によって彼らを見分ける」という言葉を思い出した。甘い言葉は、必ずしも善い実を結ぶとは限らない。アブデゴの周囲には、すぐに失望した人々の顔が見え始めた。一方、質素な男は、静かに病人を見舞い、孤児にパンを分け与えているという噂を聞いた。彼の言葉には華はなかったが、その行動は、確かな実を結んでいた。
季節は巡り、大雨の季節が来た。ヨセフは、かつてあの教師が最後に語ったたとえを思い出しながら、家の裏手にある土台の補修を決心した。それは骨の折れる仕事だった。表立って見える部分を飾る方がよほど簡単だ。友人の中には、表面を白く塗るだけで済ませた者もいた。大雨が激しく降り始めたある夜、風がうなりをあげた。翌朝、ヨセフの家は無事だったが、広い道沿いに建ち、見た目は立派だったある家の壁が崩れていると聞いた。土台が砂地だったのだ。彼は、あの「岩の上に家を建てる」話を、もはや単なる比喩ではなく、実際の人生の選択として受け止めた。それは、聞くだけでなく、行うこと。眼前の楽さや、人の目を気にした判断ではなく、たとえ地味で困難でも、確かなものの上に自分の毎日を築くことなのだ。
今、ヨセフは再び丘の上に立っている。かつて重く感じた隣人レメクとのわだかまりは、いつの間にか消えていた。むしろ、先週、彼が困っている時、ヨセフが手を差し伸べることができた。裁く代わりに、まず自分の中の「丸太」を見つめること。求め続けること。耳障りの良い言葉ではなく、実によって見分けること。そして、毎日、小さな選択の中で、岩のような確かなものの上に一石ずつ積み上げてゆくこと。彼の心には、もはや嵐の後の湖面のような静けさがあった。遠くで、羊の群れを連れた羊飼いの笛の音が風に乗って聞こえてくる。道はまだ長い。しかし、その一歩一歩が、どこへ続いているのか、彼にはわかる気がしていた。




