聖書

光へ向かう一歩

エペソの町は、日が落ちると急速に冷え込んだ。アレクサンドロスは、粗末な羊毛のマントを肩に引き寄せながら、細い路地を急いだ。足元の石畳は昼間の雨でぬれていて、所々に水たまりが光をゆらめかせている。彼の心もまた、同じように淀んでいた。昼間、市場で口にしたあの軽率な嘘。取引相手を故意に誤解させ、少しだけ有利な代金を引き出した。取引は成立したが、その後、胸の奥に重く冷たい何かが居座ったまま離れない。

集会場は町の一角にある、ローマ人の倉庫を間借りした質素な場所だった。戸口から漏れるほのかな灯りと、低く響く賛美の声が道しるべとなる。中に入ると、油ランプの煙と人々の体温が混じった、生々しい空気が鼻を衝いた。三十人ほどの男女が、床に敷かれた筵や、ところどころに置かれた粗末な木の腰掛けに座っていた。中央では、長老のヨセフが、ぼろぼろになった一巻のパピルスを手に、ゆっくりと語りかけていた。

「…初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて…」

アレクサンドロスは壁際に身を寄せ、うつむいた。言葉は耳に入ってくるが、胸には届かない。彼の目には、まだ昼間の市場の光景がちらついている。相手の老人が、わずかに安い値段を感謝する顔。あの笑顔を見た瞬間、自分の中の何かがひどく汚れた気がした。

「…神は光であって、神のうちには暗いところが少しもない。」

ヨセフの声が、ふと、はっきりと響いた。アレクサンドロスは思わず顔を上げた。長老はランプのそばに立っていた。その顔は、深い皺に覆われていたが、目だけは驚くほど澄んで、揺らめく炎を反射していた。その目は、まるでこちらを見透かしているようで、アレクサンドロスはまたうつむきかけた。

「もし私たちが、『神と交わりがある』と言いながら、しかもやみの中を歩んでいるなら、私たちは偽っているのであって、真理を行ってはいません。」

「やみの中」。その言葉が、彼の心の奥底にぴたりと当てはまった。昼間のあの行為は、確かに「やみ」だった。小さな闇。取るに足らない、誰にも気づかれない闇。だが、その闇が、今この瞬間、自分とこの場の温かい光景との間に、見えない幕を下ろしている。賛美の声も、祈りのつぶやきも、すべてが遠く、よそよそしく聞こえる。彼はここにいても、ここにいなかった。闇の中に、一人で座っているような気分だった。

集会が一段落し、人々が少しずつ語らい始めた時、ヨセフがそっと彼のそばに座った。何も言わず、しばらく黙って彼の横にいる。ランプの油が切れ、炎が小さくゆれる。

「何か、重たい荷物を背負って来たようだな」と、ヨセフは静かに言った。説教のような調子ではなく、ただ隣にいる一人の男として。

アレクサンドロスは黙ったままうなずいた。言葉にすれば、あの小さな嘘が、実際以上に大げさなものに聞こえる気がして。そして、こんな些細なことで悩んでいる自分が、なおさら childish に思えた。

「ヨセフ様…神は光だと、おっしゃいましたね」
「ああ」
「でも…光の中に、ほんの小さな陰があるとしたら? 誰も気づかない、本当に小さな、汚れた影が。それは、もう光の中にいないということになるのでしょうか」

ヨセフは深く息を吸い、ゆっくり吐いた。彼の目は、ランプの消えかけた炎を見つめている。

「我々が、この身をもって知らされた方は、光そのものだ。光は、陰を隠したりはしない。むしろ、照らし出す。どんなに小さな影でも、その熱と明るさの前では、存在を隠し通せない。問題は、影があるかどうかではない」

長老の声は低く、しかし力強かった。

「影を見た時、我々が何を選ぶかだ。『ここには影などない』と、光に背を向けて闇の中に留まるか。それとも、その影を、この光に差し出して、焼き尽くしてもらうか」

集会場はほとんど人がいなくなっていた。外からは、夜警の足音が遠く聞こえる。アレクサンドロスは、自分の胸の内側に、確かに一つ、冷たく硬い「影」があるのを感じた。あの取引の嘘。軽蔑すべき小さな嘘。彼は目を閉じた。

「神が…光の中におられるなら、私は闇の中にいます。あの時、私は嘘をつきました。ほんの少しの金のためです」

声は震えていた。涙がこぼれそうになるのを、必死でこらえた。大人の男が、こんなことで。しかし、言葉にした瞬間、胸を押さえつけていた重石が、ほんの少し、持ち上がるような気がした。

ヨセフの手が、彼のうつむいた肩に静かに置かれた。その手は老いて節くれだったが、驚くほど温かかった。

「もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださる」

長老は、さっき読んだ手紙の言葉を、そのまま繰り返した。しかし、今その言葉は、説教壇からの宣言ではなく、彼自身の耳元にささやかれた約束のように聞こえた。

「赦し…きよめ…」
「そうだ。神の正しさは、我々を断罪するためだけにあるのではない。我々が闇を、光のもとに持って来た時、その同じ正しさが、闇を焼き尽くし、我々を清める力となる。赦しとは、罪をなかったことにするのではなく、光の中にさらされた罪が、もはや我々を縛る力を失うことだ。光がすべてを貫くからだ」

アレクサンドロスは顔を上げた。最後のランプの炎が、ぱちりと音を立てて消えた。一瞬、真っ暗になった集会場。しかし、やがて目が慣れてくると、戸口から差し込む細い月明かりが、床や壁をぼんやりと照らしているのが見えた。完全な闇ではなかった。外には、星々の光があった。

彼は深く息を吸い込んだ。胸の中の冷たい塊は、まだ完全には消えていなかった。しかし、それが「赦されるもの」「きよめられるもの」として、初めて目の前に見えた気がした。光は、その小さな影を、残酷に照らし出した。しかし同時に、光だけが、その影を消し去る道を示していた。

二人で戸外に出た。冷たい夜気が頬を撫でる。東の空が、わずかに灰色がかってきた。夜明けが近い。

「光の中を歩むとは、完璧であることではない」とヨセフが呟くように言った。「闇がなくなるまで、光のほうへ、一歩また一歩と向かい続けることだ。たとえ、足元に自分の長い影が落ちていると感じてもな」

アレクサンドロスはうなずいた。彼の心には、赦しの確信という劇的な感動はまだなかった。むしろ、長い旅の始まりを思わせる、静かな、少し疲れた決意のようなものが募っていた。明日、市場でその老人に会えたら、ほんの少しの差額を返そう。そう思った。それが、光に向かう、今日の一歩かもしれない。

町はまだ深い眠りの中にあった。しかし、遠く東の地平線は、確かに、ほんのりと明るさを増し始めている。光は、また闇に打ち勝つ。その繰り返しを、この身をもって知らされた方について、アレクサンドロスは今、ほんの一端に触れた気がした。闇の中を歩むと言いながら、互いに交わりを持つことはできない。しかし、光のうちを歩むなら…彼は、まだ遠いが、確かにそこにある温もりを、かすかに胸に感じながら、帰路についた。

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