聖書

ナイルの子守歌

ナイルの朝もやは、レンガ積みの野をぼんやりと覆っていた。窯から立ち昇る煙が、まだ冷たい空気に溶けていく。ヨシュアは古びた熊手を握りしめ、乾いた粘土の山をかき回す作業を続けていた。手のひらのひび割れは深く、埃と汗で黒ずんだ指の関節は、長年の労働でごつごつと変形していた。七十歳を過ぎた今も、彼は休むことを許されなかった。新しいファラオが、穀物庫よりも高い城壁を望んでからというもの、このゲシェンの地は絶え間ないレンガ生産の場と化していた。

遠くから、監督官の叫び声が埃っぽい風に乗って聞こえた。葦で編んだ鞭の音がパン、パンと乾き、それに続いて誰かの短い悲鳴。ヨシュアは目を閉じた。かつてヨセフの時代、この地は安住の地だった。飢饉から父祖たちを救った宰相の顔を、彼は幼い頃、祖父の話でしか知らない。しかし祖父は、ヨセフがファラオの右腕としてエジプト全土を治め、自分たちが羊を飼う者として尊ばれた日々を、瞳を細めて懐かしそうに語ったものだ。

「今のファラオは、ヨセフを知らない」

この言葉が、工事現場から市場まで、ヘブライ人のあいだを密やかに駆け巡ってから、どれほどの月日が流れただろう。知らない、というよりは、知ろうとしない。いや、都合の悪い記憶を、意図的に葬り去ったのだ。ヨシュアは粘土の塊を捏ねながら、ふとそんなことを考えた。彼らの増えゆく数が、座りの悪い玉座に不安の影を落としていることは、誰の目にも明らかだった。

「ヨシュア爺さん、水を」

隣の区画で働く若者が、かすれた声で言った。唇はひび割れ、目の下には深い隈が刻まれている。水差しはとっくに空だったが、監督のエジプト人たちは、日陰で甘いビールを啜りながら、嘲笑うようにこちらを見ている。

「我慢するんだ、ラケブ。昼の配給まであと少しだ」

そう言いながら、ヨシュア自身も喉の渇きを覚えていた。朝から二時間、一滴の水も口にしていない。この苛酷な労働が、彼らの数を減らすことをファラオは期待している。しかし、不思議なことに、どれだけ過酷な日々が続いても、ヘブライ人の家族には子どもが絶えなかった。夕暮れになれば、あちこちのあばら家から乳飲み子の泣き声が聞こえ、女たちはたくましく子を育て上げた。

都からの使者がゲシェンを訪れたのは、そんなある夕暮れだった。使者は絹の衣をまとい、金の腕輪を光らせていた。彼の口から告げられた新たな布告は、野に咲く茨のごとく、人々の心に刺さった。

「ヘブライの男児は、すべてナイルに投げ込め」

簡潔で、冷たい言葉。ヨシュアはその場に立ち尽くし、手に持っていた土器の椀を落としそうになった。家に帰る道すがら、彼は男たちのうめき声、女たちのすすり泣く声を聞いた。かつて彼らを保護した川が、今や死の受け皿となった。

家は土壁の粗末な小屋だった。妻のレアは、炉の火にかけた豆の煮込みを混ぜていた。彼女の横には、嫁いだ娘のリヴカが座り、腹は八ヶ月ほどに膨らんでいる。二人の顔は曇っていた。布告はもうここにも届いていた。

「どうする、父さん」

リヴカの声は震えていた。ヨシュアは無言で炉端に腰を下ろし、火の粉が跳ねるのをぼんやり見つめた。外では、隣家の幼い男の子が、母親に追いかけられながらケラケラ笑っている。その無邪気な笑声が、いっそう胸を締め付けた。

「神はアブラハムに、星のように多い子孫を与えると約束された」

ヨシュアはそう呟いた。長い沈黙の後、ゆっくりと話し始めた。
「わたしの祖父は、約束の言葉を繰り返し聞かせてくれた。苦難の中にあっても、その約束は消えない。ファラオの心は硬く、ナイルの水は冷たい。けれども…」

彼は言葉を切った。慰めの言葉など、何の役に立つだろう。現実は目の前で、鋭い牙をむき出しにしている。

月が三度満ちて欠ける頃、リヴカは出産の時を迎えた。産婆は近所の経験豊かなヘブライの女で、彼女の表情は終始険しかった。夜明け前、小さな産声が家の中に響いた。それはか細く、しかし確かな生命の宣言だった。ヨシュアが奥の間に入ると、リヴカは汗で濡れた髪を額に貼りつけ、蒼白い顔で抱きしめるようにして嬰児を胸に当てていた。

「女の子です」
産婆がささやいた。安堵と、それに続く深い悲しみが、ヨシュアの胸を交互に打った。この子は今、生き延びることができる。しかし、リヴカの家の向かいで、一週間前に生まれた男の子は、もういない。父親は密かに砂漠の縁に小さな墓を掘ったという。

「名はミリアムとつけよう」
ヨシュアはそう言った。苦い、という意味のその名を、彼は敢えて選んだ。この子が生きる世界の味を、決して忘れないように。レアが涙を拭いながらうなずいた。

その日から、家の中の空気が変わった。窓には分厚い亜麻布が掛けられ、赤子の泣き声が外にもれないように気を配った。ミリアムが泣けば、リヴカは慌てて乳を含ませた。時折、町を巡回するエジプトの兵士たちの足音が近づくと、家族全員が息を殺した。ヨシュアは、かつて平和だった時代に、自分が作った可愛らしいおもちゃの木馬を思い出した。今、彼の手が生み出すのは、巨大な城壁のための、無機質なレンガだけだった。

ある暑い午後、ヨシュアは粘土運びの途中で、遠くのナイル川がゆらめく光を見つめて立ち止まった。水は命の源であると同時に、今や多くの小さな亡骸を飲み込む墓でもある。彼はふと、先祖アブラハムが約束の地を目指して旅立った時も、このような絶望と希望の狭間を歩んだのだろうかと考えた。約束は、時として最も約束の見えない闇の中で、その真価を問われる。

夕陽がレンガ積みの野を赤く染める頃、ヨシュアは家路についた。背中は一日の労働で針のように刺すように痛み、足取りは重かった。しかし、小屋に近づくにつれ、彼はある音に耳を澄ませた。それは、リヴカが子守歌を囁くかすかな声だった。そして、それに混じって聞こえる、ミリアムの規則的な寝息。

彼は戸口で立ち止まり、深く息を吸った。家の中には、死の布告をすり抜けた一つの命があった。それは、ファラオのすべての計算を無にする、小さく、しかし頑丈な抵抗だった。星のように多い子孫――その約束は、この暗闇の中でも、かすかな息吹として確かに脈打っていた。ヨシュアはゆっくりと扉を開けた。炉の火が、部屋全体を柔らかいオレンジ色に照らしている。明日もまた、苛酷な労働が待っている。しかし今夜この瞬間、この小屋には、ナイルの冷たい水さえも飲み干せない、温もりがあった。

彼は何も言わず、レアが差し出した豆の煮込みを受け取った。塩気が少し足りない味だったが、彼はありがたく口に運んだ。そして、揺りかごの中で眠るミリアムの顔を一瞥した。この子は何を見て、どんな時代を生きていくのだろう。やがて来る夜の闇は深かったが、東の空には、最も暗い時間帯が過ぎれば、必ず次の夜明けが来ることを知っている一粒の明けの明星が、かすかに光っていた。

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