わたしは、あの日々のことを忘れられない。エルサレムの丘はオリーブの銀色ではなく、煙の灰色に覆われていた。通りはかつて祭りの歌声で満ちていたが、今は沈黙と、時折裂くような叫びだけが残っていた。わたしは廃墟となった家の影に身をひそめ、手にしたパンのかけらが、土埃で灰色になっているのを見つめていた。心の中で、何度も同じ言葉が渦巻いていた。「愚か者が心に言う。『神はいない』と」。
あれは、王国が二つに裂かれた後のことだった。北から、鉄の匂いと慟哭が流れてきた。人々は神殿への巡礼をやめ、代わりに高き所で見知らぬ神々にひざまずいた。市場では、不正が日常となり、隣人は隣人を売った。祭司たちでさえ、かつて賛美した律法を、都合よく捻じ曲げて解釈した。彼らは目を天に向けず、ただ自分の腹と権勢を見つめていた。わたしの若いころの友、エフライムは言ったものだ。「アビアタル、神がいるのなら、なぜこの飢饉が? なぜ、あの幼子らが?」 彼の目には、かつての信仰の光は消えていた。彼は今、略奪者の一団に加わり、弱き者を踏み台にして生き延びようとしていた。
主は天から人の子らを見渡される。探される、悟りのある者、神を求める者がいるかと。わたしはあの頃、自分がその「求める者」であるかどうか、わからなかった。むしろ、神は顔を背けられたのだと思っていた。すべてが堕落していた。道から善が退き、人々は腐った肉のように、悪の中で互いに貪り合った。戦さの報せが来るたび、人々はますます獣のようになっていった。彼らはパンを奪うために老人を蹴倒し、安全を買うために娘を売った。そこには、畏れも、慈しみも、まったくなかった。パンさえあれば、それでよかったのだ。神など、空腹を満たせるのか? 彼らはそう啖呵を切った。
しかし、夜、最も深い闇の中で、廃墟の隙間から見える星空を見上げるとき、わたしの内側で何かが呻いた。これは、ただの偶然の混乱だろうか? この絶望は、意味のないものなのか? 神がおられないのなら、なぜこの「無」が、これほどまでに重苦しいのか? 神が沈黙しておられるのなら、なぜわたしはこの沈黙に叫びたいのか? それは、まるで大きな宮殿の広間で、すべてのしもべが逃げ出し、主人の呼び声だけが冷たい石壁に反響しているようだった。主人はどこにも見えない。しかし、その声の余韻が、確かに存在を証ししている。
そして、ついにその日が来た。都は陥落し、敵の靴音が聖なる庭に響いた。あの愚かな者たち、神などいないと豪語した者たちも、今は恐怖に震え、岩陰に隠れた。彼らは今、自分たちが嘲った天を、ちらりと見上げたかもしれない。その目には、もはや傲慢はなく、猿のような、助けを乞う野生の怯えだけがあった。主がおられるなら、どうか。主がおられるなら…と。だが、時すでに遅かった。彼らの骨は散らされ、恥の中に晒された。主が彼らを退けられたからだ。
すべてが終わった後の静寂が、最も残酷だった。生き残った者たちは、捕らわれの身として連れて行かれるか、この荒れ果てた地に取り残されるか。わたしは、崩れた城壁の石の上に腰を下ろした。遠く、かつてダビデ王が歌った谷間が夕暮れに染まっていた。その時、ふと、思い出した。若きダビデが、サウル王から逃げ、洞穴に身を隠していた時の歌を。「神を畏れない者は心に言う。『神はいない』と」。あの時も今と同じだった。王は神を忘れ、国は乱れ、正しい者は追われた。でも、ダビデはあの暗い洞穴で、なおも歌った。わたしの喉は渇き、声は出なかった。
しかし、心の中で、一筋の祈りが、かすかに灯った。灰の中から、くすぶり始めた炭火のように。「ああ、どうか。イスラエルの救いがシオンから来ますように」。それは、論理でも確信でもなかった。それは、溺れる者が掴む、一本の葦のようなものだった。神がおられるなら、なぜ? ではなく、神がおられるのなら、どうか。この絶望の果てに、もう一度、ご自身を現してくださいますように。かつて約束された、贖いを。
風が吹き、焼け焦げた梁木の灰を舞い上げた。西の空には、最初の星が静かに輝き始めていた。それは、かつてアブラハムに約束された、天の星のようでもあった。すべてが破壊され、すべてが愚かさに飲み込まれたように見えるこの世界で、なお天はそこにある。主は、沈黙の中から、なお天から見ておられる。そして、わたしのような、何もできず、信仰もかすかに揺らめく者をも、探しておられるのではないか。わたしは埃まみれの顔を上げ、その星を見つめたまま、長い時間、動かなかった。
救いはまだ見えない。でも、求めよう。この灰の中からでも、求めよう。彼が天から見ておられる、その方の御顔を。やがて来る喜びの歌を、一片の予感として、この胸に抱きながら。




