夕暮れがエルサレムの丘を染め、石膏の壁が淡い桃色に輝く頃、神殿の庭には人々のざわめきが満ちていた。一日の労働を終えた者、巡礼で遠方からやって来た者、老いた預言者から駆け回る子供まで、その日集った顔には、どこか高揚した緊張が走っている。今日は新月の祭り、だがそれだけではなかった。北の国境から、王の使者が駆けてきた。アッシリアの小部隊が国境の村を掠め、捕虜を連れて行ったという報せだ。神殿の祭司たちは、すぐに戦いのための断食と祈りを呼びかけていた。
庭の西側、老いたレビ人アビヤフは、膝の上に十弦の琴を置き、指でそっと弦を撫でていた。彼の目は、遠く山並みを覆い始める闇に向けられていた。六十余年、彼はこの場所で賛美を導いてきた。喜びのときも、悔い改めのときも、そして今のような、怒りと義憤が渦巻くときも。彼の横では、孫にあたる若者ヨナタンが、革製の鼓を抱え、落ち着かない様子で座っていた。ヨナタンは来月、民兵として北の部隊に合流する予定だった。
「祖父さん、」ヨナタンは声をひそめて言った。「皆、明日にも出陣せよと言っています。なのに、なぜ今、歌うのでしょうか。槍を研ぎ、盾を繕う時間が惜しいというのに。」
アビヤフはゆっくりと首を振り、琴の一弦を爪弾いた。澄んだ、しかしどこか憂いを帯びた音が、夕闇に吸い込まれていった。
「ヨナタンよ、お前の槍は敵の肉を貫くかもしれない。だが、我々の歌は、天の幕を貫くのだ。」
彼の言葉が終わらないうちに、大祭司が庭の中央に立った。松明の炎が、彼の白い亜麻の衣を揺らめかせた。沈黙が広がる。その静けさの中から、アビヤフの琴の音が、一滴の水が岩を打つように、ゆっくりと響き始めた。それは単純な旋律だった。しかし、その繰り返しが、まるで心臓の鼓動のように、庭にいるすべての者の胸に共振していった。
一人、また一人と、声が加わる。最初はか細かったが、次第に厚みを増し、ひとつの流れとなった。それは祈りというより、叫びに近かった。主への懇願。しかし、やがてその調子が変わり始める。アビヤフの指が早くなり、旋律が勢いを増す。鼓の音がそれを追う。ドン、ドン、と地を這うようなリズム。
「主に向かって新しい歌を歌え。」
アビヤフの声が、老いてはいても力強く響いた。それは命じるというより、誘い込むような調子だった。
「聖なる者の集会で、主をほめたたえよ。」
その言葉を合図に、集会全体が沸き立った。男たちは胸を打ち、女たちは高い声で掛け合う。若者たちは、その場で飛び跳ね、くるりと身を翻した。それは洗練された踊りではなく、喜びそのものが四肢を突き動かす、無造作な躍動だった。ヨナタンも、いつの間にか立ち上がり、鼓を激しく打ち鳴らしていた。彼の額には汗が光り、さっきまでの不安やもどかしさは、どこかへ吹き飛んでいる。ただ、体中を駆け巡る熱がある。琴、鼓、笛、それに幾百という声が絡み合い、一つの巨大な生ける賛美となって、神殿の庭から夜の帳に向かって立ち上っていく。
アビヤフは目を閉じた。彼の耳には、もう楽器の音や歌声だけではないものが聞こえていた。かつて、エリコの城壁が崩れ落ちる前、民が鬨の声を上げたときの、あの地鳴りのような響き。ダビデが、ゴリアテに向かって石を放つ前に、口にした主の御名の宣言。この賛美は、祈り以上のものだ。それは、王である主の臨在への、確かな応答なのだ。詩篇の言葉が、彼の心の内で響く。「その誉れを聖なる者たちの間に喜ばせよ」。この喜びは、ただの情感ではない。契約に生きる民に与えられた、揺るぎない位置の確認なのだ。
夜は更け、賛美はやがて静かな斉唱に移っていった。人々は座り、肩を寄せ合いながら、繰り返し、繰り返し主の慈しみを歌った。その中で、アビヤフはゆっくりと語り始める。声は低く、しかし良く通った。
「我らを造られた主は、我らを愛される。我らは主のものだ。ならば、この喜びは、我らを縛る鎖だろうか。いや、逆だ。この喜びこそが、我らを真に自由にする。」
彼の目は、ヨナタンや、周りに座る若い戦士たちの顔を一つ一つ見つめた。
「明日、お前たちは剣を手にする。それは、主がお与えになった義の剣だ。この地で、悪を断ち、虐げられた者を解き放つための。だが、覚えておけ。その刃は、我らの怒りによって研がれてはならない。今夜、我らが心に刻んだこの歌、この主への信頼によって研がれねばならぬ。」
ヨナタンは深く息を吸った。彼の手には、まだ鼓の感触が残っている。しかし、心には、別の重みが沈殿していくのを感じた。それは、恐れではない。緊張でもない。むしろ、静かな確信、のようなものだった。彼は、腰に下げた短剣の柄に触れた。普段は農具を扱うためにできた彼の手のひらのマメが、滑らかな木肌に引っかかる。
夜明け前、最も闇が深い時刻、集会は静かに解かれた。人々はそれぞれの宿に帰り、数時間の休息を取る。ヨナタンは家路につく群衆から少し離れ、オリーブ畑の縁にある岩の上に腰を下ろした。東の空はまだ真っ暗だが、賛美の余韻が、彼の体内に微かに振動しているように感じられた。彼はぼんやりと、詩篇の続く言葉を思い浮かべた。「もろ手にもろ手に二刃の剣をもち」。それは比喩なのか、それとも実際の戦いの暗示なのか。
彼の背後から、枯れ草を踏む音がした。振り向くと、アビヤフが、杖をつきながらゆっくりと近づいてくる。松明は持っていないが、わずかな星明かりで、その顔の輪郭が浮かび上がる。
「眠れぬか。」老いたレビ人が言った。
「ええ。頭の中が、歌でいっぱいで。」ヨナタンは答えた。
アビヤフは彼の横に座り、深いため息をついた。
「かつて、私はダビデ王の詩を写す仕事をしていた。『主はその民を救うことに喜びを感じ、/貧しい者をその勝利をもって飾られる』。写すたびに、私は考えた。この『飾る』とは、どういうことかと。」
彼は少し間を置き、冷え込んだ夜気に白い息を吐いた。
「戦いの勝利の褒美として、金や宝石を与えることではない。そうではない。もっと深い意味だ。主は、我ら貧しく、無力な者を、ご自身の義を行う『器』として選ばれる。そのことが、我らを輝かせるのだ。我らが主の道具となり、この地に少しでも主の御心が成される時、我ら自身が、生ける褒美となる。それが『飾られる』ということなのだ。」
ヨナタンは黙って聞いていた。彼の頭の中で、賛美の旋律と、祖父の言葉、そして明日の戦いの光景が、不思議に調和していく。戦うことは、賛美の中断ではない。賛美が、別の形で地に降りる瞬間なのだ。彼は拳を握りしめた。掌の中で、さっきまでの鼓のリズムが、再び鳴り始める。
東の空が灰色に変わり始めたとき、角笛の音が町中に響き渡った。集結の合図だ。ヨナタンは立ち上がり、革鎧をまとい、盾と槍を手にした。広場には、百人ほどの男たちが整列していた。顔は厳しいが、どこか昨夜の集会の余韻をたたえた、静かな熱気に包まれている。
部隊を率いる百人隊長が前に出る。彼は大声で命令を下すでもなく、静かに言った。
「覚えておけ。我らは、主の怒りを執行する者ではない。主の義を運ぶ者だ。捕われた同胞を取り戻すために行く。主が共におられる。」
そして、彼は意外なことに、歌い始めた。昨夜、集会で歌われた旋律の一句を、低く、力強く。
「主をほめたたえよ。主に栄光あれ。」
それに応えるように、隊列から声が上がる。完全な賛美ではない。断片的な一句。しかし、それが足並みを揃える掛け声となり、歩調を取るリズムとなった。ヨナタンも、その中に加わっている。彼の足取りは軽かった。心臓は高鳴っているが、それは恐怖からのものではない。むしろ、大きな流れの一部となっているという確信に近い。
部隊は、夜明けの靄の中を北へと進んでいった。彼らの行く手には、確かに戦いが待っている。血と泥と恐怖が待っている。だが、その一歩一歩からは、消えることない賛美の響きが、地を伝って行くようだった。それは、勝利の保証というほど傲慢なものではない。もっと深い、暗い谷間でも消えぬ、主との結びつきの証し。詩篇の言葉が、ヨナタンの心を支えた。
「もろ手にもろ手に二刃の剣をもち。」
彼は槍の柄を握りしめた。その手は、鼓を打ち、琴の弦に触れた同じ手だ。主への賛美と、主のための戦い。それは二つの別々の道ではなく、一つの契約の民の生きた、両刃の現実なのだ。そして、彼は知っていた。たとえ明日の戦いで何が起ころうと、この確信だけは、彼の内で歌い続けることを。それは、新しい歌。主が、その日その日に与えてくださる、聖なる者たちの集会のための賛美。




