聖書

安息日の主と麦畑の教え

その日は安息日であった。ガリラヤの丘を抜ける小道は、普段よりも静かで、足元の土の感触さえもが、何かを慎んでいるように思えた。風が通ると、道端に広がる麦畑がざわめき、黄金の穂がこすれ合うかすかな音だけが、午後の空気を切っていた。一行は黙々と歩いていた。空腹は、もうしばらく我慢できるような、できないような、あの微妙な頃合いだった。ペトロがふと、無造作に麦の穂を一枝、手折った。もみ殻を掌ですり、軽く吹いてから口に入れる。ほかの弟子たちも、それに倣った。何ということもない光景だった。旅路ではよくあることだ。

しかし、彼らの後ろから、それが見ていた。数人のパリサイ人と律法学者たちが、一定の距離を保ってついてきていた。彼らの目は、弟子たちの一つ一つの動作を、鋭く、冷たく追っている。麦の穂が擦れる音が、彼らには律法を破る鈍い響きに聞こえたのだろう。一人が大きく息を吸い込み、歩みを速めた。

「あなたたち、今何をしているのですか」

声は低く、しかし明らかな非難を含んでいた。弟子たちの手が止まった。ペトロは、まだ頬に穂の欠片を挟んだまま、ゆっくりと振り返った。イエスは先を歩いたまま、足を止めなかった。しかし、その背中が、ほんの少し、緊張を含んだように見えた。

「安息日にしてはならないことを」と、別のパリサイ人が言葉を継いだ。「刈り入れとは言わぬまでも、これは労働に他なりません」

イエスがようやく振り返った。その顔には、疲れというよりも、深い、深い憐れみのようなものが浮かんでいた。彼はパリサイ人たちを見つめ、そして、遠くの丘の稜線に目を移した。

「ダビデとその供の者たちが、空腹だったときに何をしたか、読んだことがないのか」イエスの声は、風よりも柔らかく、しかし岩のように確かだった。「アビアタルが大祭司であったとき、ダビデは神の家に入り、祭司のほかにはだれも食べてはならない供えのパンを取り、供の者たちにも与えたではないか」

少し間が空いた。麦の穂がさらさらと鳴る。パリサイ人たちの顔が硬直するのが見えた。イエスは再び歩き出した。

「人の子は、安息日の主である」

その言葉が、後の出来事への、静かな、しかし確かな予告となった。

次の安息日。会堂はひしめく人々で満ちていた。律法が朗読され、解説がなされる、いつもの光景。しかし、そこにはいつもとは違う空気が流れていた。片手の萎えた男が、隅の方に座っていた。彼はうつむき、その不自由な手を外套で懸命に隠そうとしている。しかし、誰もがその存在を知っていた。パリサイ人と律法学者たちが、彼をそこに連れてきたからだ。彼らの目は、イエスに向けられ、そして、また男に向けられる。それは罠だった。安息日に癒しを行うかどうか、責め立てる材料を求めて。

会堂の空気が澱んでいく。朗読が終わり、イエスが立ち上がった。彼は群衆を見渡し、そして、片手の萎えた男に目を留めた。

「立って、真ん中に出てきなさい」

声は静かだが、会堂の隅々まで響き渡った。男は顔を上げ、驚きと恐れの入り混じった目をした。周囲のざわめき。パリサイ人たちが身を乗り出している。男はゆっくりと立ち上がり、歩み出した。萎えた手が、外套の襞から少し見える。それは細く、色の悪い、力なくぶら下がっている。

イエスは彼を見つめ、そして、周りの者たちを見回した。

「あなたがたに聞く。安息日に善いことをするのと、悪いことをするのと、命を救うのと、滅ぼすのと、どちらが lawful か」

沈黙が重くのしかかる。誰も答えない。パリサイ人たちの顔が紅潮し、目が險しくなる。イエスはその沈黙を、痛むかのようにじっと受け止め、再び男の方に向き直った。彼の目には、怒りというよりも、深い悲しみが湛えられているように見えた。

「手を伸ばしなさい」

男は一瞬、躊躇った。そして、ゆっくりと、外套を押しのけた。不自由な手を、震えながら、わずかに前に出す。その瞬間、会堂中に息をのむ音がした。萎えていた手の指が、かすかに震え、血色が戻り、そして、しっかりと、力強く開いた。男は自分の手を見つめ、涙が頬を伝った。彼はその手を何度も開いたり閉じたりし、信じられないというように掌を見つめ続けた。

一方、パリサイ人と律法学者たちは、怒りに狂ったように席を立ち、互いにささやき合いながら会堂を出て行った。その去り際の背中は、硬く、そして、何か恐ろしい決意に満ちていた。

イエスはそれらすべてを見ていた。彼は深く息を吐き、弟子たちに合図して、静かに会堂を後にするのだった。

その後、イエスは一人、山へと向かって夜を徹して祈った。弟子たちはふもとで待ち、夜明け前に彼が帰ってくるのを迎えた。その顔は、祈りに満ちた後の、一種の透明な静けさに包まれていた。そして、彼は十二人を選び、使徒と名付けられた。ペトロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネ…名前が呼ばれるたびに、その男は一歩前に出た。中には、熱心党のシモンや、イスカリオテのユダという、後に裏切り者となる者の名も含まれていた。イエスはその一人一人を、深く、慈しむような目で見つめた。

日が高くなるにつれ、平地にはおびただしい群衆が集まってきた。ユダヤ全土とエルサレムから、そして、ティルスやシドンの海岸地方からも人々が押し寄せた。病める者、悪霊に悩まされる者、すべて彼に触れられたい一心で。彼らが近づくにつれ、一種のエネルギー、渇望の波が辺りに満ちた。イエスは少し小高い場所に立ち、弟子たちをすぐそばに従えていた。群衆のざわめきがやむのを待って、彼は口を開いた。

その声は、驚くほどはっきりと、そして柔らかく、最も遠くにいる者にも届くように響いた。

「貧しい人々は、幸いである。神の国はあなたがたのものである。
今飢えている人々は、幸いである。あなたがたは満たされる。
今泣いている人々は、幸いである。あなたがたは笑うようになる。
人の子のために、人々に憎まれるとき、追い出され、ののしられ、汚名を着せられるとき、あなたがたは幸いである。
その日には、喜び踊れ。見よ、天にはあなたがたの報いは大きいからだ」

平地に深い静寂が流れた。貧しい者、苦しむ者たちの目に、初めて、遠い希望の光が灯るのが見えた。しかし、イエスの言葉は続く。

「しかし、富んでいるあなたがたは、不幸である。あなたがたはもう慰めを受けている。
今満腹している人々は、不幸である。あなたがたは飢えるようになる。
今笑っている人々は、不幸である。あなたがたは悲しみ泣くようになる。
すべての人にほめられるとき、あなたがたは不幸である。彼らの先祖も、偽預言者たちに同じことをしたからだ」

言葉が、鋭い刃のように、聴衆の心に突き刺さった。ある者はうつむき、ある者は憤ったように顔を上げた。

そして、彼は語り続けた。敵を愛し、憎む者に善を行い、呪う者を祝福し、侮辱する者のために祈るように。頬を打たれたら、もう一方も向けなさい。上着を奪う者には、下着をも拒むな。求める者には与えなさい。奪い取る者から、取り返そうとしてはならない。自分にして欲しいと望むことを、人にもそのようにしなさい。

「罪人でさえ、愛してくれる者を愛する。あなたがたに何の恵みがあろうか。
また、罪人でさえ、善いことをしてもらえば、その返礼をする。あなたがたに何の恵みがあろうか。
敵を愛し、善を行い、何も期待せずに貸しなさい。そうすれば、あなたがたの報いは大きく、あなたがたはいと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らぬ者にも悪人にも、情け深いからである」

説教は長く続いた。人を裁くな、赦せ、与えよ。善い実を結ぶよい木のように、心の奥底から善を湧き出させよ。家を岩の上に建てる愚かさと、砂の上に建てる賢さについて。言葉を聞いて行う者が、岩の上に家を建てる者である。

太陽が西に傾き始めたとき、イエスは話を終えた。群衆は、まだその場に釘付けになっているようだった。さまざまな表情が交錯していた。悟ったような顔、困惑した顔、感動に震える顔、怒りをあらわにした顔。弟子たちは、師の言葉を一つ一つ、自分たちの心の中に刻み込もうと必死だった。ペトロは、頬を打たれたらもう一方も向けるという言葉を反芻し、複雑な思いを抱いていた。ヨハネは、「敵を愛せ」という言葉に胸を締め付けられていた。

イエス自身は、少し疲れた様子で、弟子たちの方に歩み寄った。彼の目には、説教の熱気はもうなく、ただ、深い、果てしない静寂が広がっているように見えた。彼は振り返り、まだ去りゆかぬ群衆を見た。麦畑の穂が、夕風に金色に揺れていた。安息日は、もうとっくに過ぎていた。新しい一週間が始まろうとしている。彼は深く息を吸い込み、弟子たちに声をかけた。

「さあ、行こう」

一行は、長い影を引きずりながら、平地を離れていった。背後には、人々のささやきと、新しい疑問と、そしてほんのわずかながら、確かに蒔かれた種が残された。それは岩地に落ちるかもしれず、茨の中に消えるかもしれない。しかし、いくらかは、良い地に落ち、百倍の実を結ぶはずであった。夕日が丘を赤く染め、一日が静かに終わっていった。すべては、まだ始まったばかりだった。

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