**イエス、エルサレムに入る**
その日、エルサレムは過越の祭りの準備で賑わっていた。人々はオリーブ山のふもとにあるベタニアとベタファゲの村を通って、聖都へと向かっていた。空は澄み渡り、春の風がそよぎ、野には花が咲き乱れていた。
イエスは弟子たちに言われた。「向こうの村へ行きなさい。そこに入ると、まだだれも乗ったことのない子ろばがつないであるのを見つけるだろう。それを解いて、連れて来なさい。もしだれかが、『なぜそんなことをするのか』と言ったら、『主がお入り用なのです。すぐここに返されます』と言いなさい。」
弟子たちが村へ行くと、果たして子ろばが一頭、戸口の外でつながれているのを見つけた。彼らがそれを解いていると、そこに居合わせた数人が尋ねた。「そのろばを解いてどうするのか。」弟子たちがイエスの言われたとおりに答えると、人々は納得し、彼らを行かせた。
子ろばはまだ若く、背は低く、毛並みはなめらかで、大きな目はおとなしかった。弟子たちは自分たちの上着をその背にかけ、イエスをお乗せした。イエスがろばに乗られると、群衆は次々と道に自分たちの上着を敷き、またほかの者たちは野から葉のついたオリーブの枝を切り取って、道に敷き始めた。
「ホサナ! 主の名によって来られる方に、祝福があるように!」
「祝福あれ、いと高きところに!」
人々の歓声が響き渡った。彼らの顔は喜びに輝き、子どもたちも走り回りながら叫んだ。エルサレムの城壁が近づくにつれ、群衆は増えていった。道端に立つ人々の中には、イエスの評判を聞きつけ、驚きの目を向ける者もいた。
「あれはガリラヤのイエスだ。あの盲人の目を開け、死人をよみがえらせた方だ!」
「神の国が今、ここに来るのだ!」
しかし、ファリサイ派の人々の中には、この光景に不快感を隠せない者もいた。彼らはイエスに近寄り、憤った声で言った。「先生、あなたの弟子たちを叱ってください。このような騒ぎは神を冒涜するものです。」
イエスは静かに答えられた。「もしこの人たちが黙れば、石が叫びだすでしょう。」
エルサレムの門をくぐると、イエスの目には神殿が映った。その壮麗な建物は太陽の光を浴びて輝いていたが、その中では商人たちが犠牲の動物を売り、両替人が金を数える声が響いていた。イエスの表情は厳しくなられた。
その日はすでに時が遅かったため、イエスは十二弟子と共に再びベタニアへと戻られた。
**いちじくの木の呪い**
翌朝、彼らが再びエルサレムへ向かう途中、イエスは空腹を覚えられた。道端にいちじくの木があるのを見つけると、近寄って実を探された。しかし、葉ばかり茂っていて、実は一つもなかった。その時、イエスはその木に向かって言われた。「今後、いつまでも、お前から実を食べる者がないように。」
弟子たちはこの言葉を聞いて驚いたが、まだその意味を悟ることができなかった。
**神殿の清め**
エルサレムに着くと、イエスは再び神殿の境内に入られた。そして、そこで商売をする者たちを追い出し始められた。両替人の台を倒し、鳩を売る者の腰掛けをひっくり返し、誰も境内を通って物を運べないようにされた。
「『わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれるべきである』と書いてあるではないか。それなのに、あなたたちはそれを強盗の巣にしてしまった!」
イエスの声は雷のように響き、商人たちは震えながら逃げ出した。祭司長や律法学者たちはこの光景を見て、どうしてイエスを殺そうかと謀った。しかし、群衆がイエスの教えに夢中になっているのを見て、手出しができなかった。
**信仰と祈りの力**
その夜、一行がオリーブ山を通って戻る途中、ペトロがいちじくの木が根元から枯れているのを見つけた。
「先生、ご覧ください。あなたが呪われたいちじくの木が、枯れています!」
イエスは彼らに言われた。「神を信じなさい。はっきり言っておく。だれでもこの山に向かって、『動いて、海に入れ』と言い、心の中で疑わず、言ったとおりになると信じるならば、そのとおりになる。だから、祈り求めるものはすべて、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる。」
そして、さらに深い教えを付け加えられた。「また、祈って立っているとき、だれかに対して恨み事があったら、赦してやりなさい。そうすれば、天におられるあなたがたの父も、あなたがたの過ちを赦してくださる。」
弟子たちはこれらの言葉を心に刻みながら、静かにベタニアへの道を歩いた。過越の祭りまで、残り数日。神の国の時が、刻一刻と近づいていた。