**ルツ記1章:悲しみから希望への旅**
モアブの野に広がる夕焼けが、ナオミの疲れた顔を赤く染めた。彼女は長い旅の途中で、ふと足を止め、故郷ベツレヘムを思い出していた。十年もの歳月が流れ、彼女の人生は激変していた。かつて夫エリメレクと二人の息子、マフロンとキルヨンを連れて、飢饉を逃れこの地に来たときの希望は、今や深い悲しみに変わっていた。
「もう、私には何も残されていない…」
ナオミはつぶやくように言った。エリメレクはモアブで亡くなり、その後、息子たちはモアブの女性、オルパとルツを妻に迎えた。しかし、彼らもまた病に倒れ、ナオミは二人の嫁と共に未亡人として残された。
ある日、ナオミは主の御手がベツレヘムに再び恵みを与え、飢饉が終わったという知らせを聞いた。彼女は決意した。
「私は故郷に帰ろう。主が私を苦しめられたのだ。もはやここに留まる理由はない。」
二人の嫁も彼女に従って旅立ったが、ナオミは途中で立ち止まり、優しく言った。
「オルパ、ルツ、あなたたちはそれぞれ実家に帰りなさい。主があなたたちに新しい夫を与え、幸せにしてくださるように。私にはもう息子もおらず、あなたたちを待たせることはできない。」
オルパは涙を流しながらナオミに別れのキスをした。しかし、ルツはナオミにしっかりとすがり、こう言った。
「お母さん、どうか私を置いていかないでください。あなたの行かれる所へ私も行き、住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。あなたが死なれる所で私は死に、葬られる所で葬られます。もし死によっても私があなたから離れるようなことがあれば、主が幾重にも私を罰してくださいますように。」
ナオミはルツの固い決意を見て、もう何も言わなかった。彼女の心には、主がこの異邦人の女性を通して、新しい希望を与えてくださるかもしれないという思いがよぎった。
こうして二人はベツレヘムへと続く道を進んだ。到着したとき、町中の人々は驚き、ナオミを見て「これはナオミか?」とささやきあった。かつて豊かな家庭を築いていた彼女は、今や苦難に満ちた人生を歩んでいた。
ナオミは人々に言った。
「私をナオミ(『楽しみ』の意)と呼ばないでください。主は私を苦しめ、『マラ』(『苦しみ』の意)と呼ぶにふさわしい者とされました。私は満ち足りて出て行きましたが、主は私を空しくして帰らせたのです。」
しかし、その背後には、決して彼女を離れようとしないルツの姿があった。この異邦人の女性は、ナオミの神、主イスラエルの神を選び、彼女の運命を共にすることにした。
こうして、悲しみに満ちた帰還の中にも、主の御手による新たな物語の始まりが静かに刻まれようとしていた。