雨がやんだ。長い、果てしなく長い雨の後、初めての沈黙が世界を満たした。ノアは方舟の扉に額を押し付け、外の気配を感じ取ろうとした。木材の匂い、獣たちの温もり、そして湿り気を帯びた冷たい風。彼はゆっくりと、重い扉を押し開けた。
光が差し込んだ。それは、四十日四十夜もの間、暗雲に遮られていた光だった。目が痛むほどにまぶしい。彼は躊躇いながら、板で組まれた傾斜路を一歩、また一歩と下りた。足元は柔らかく、大雨が地を打ち固めた後の、深いぬかるみだった。靴底がズブリと沈み、引き抜く時に吸い付くような音がした。すべてが新しい。いや、すべてが古く、かつて知っていた世界の名残でありながら、どこか根本から洗い流されたもののように感じられた。
家族が後に続いた。セム、ヤフェト、ハム、そしてそれぞれの妻たち。彼らは皆、無言で、ただ広がる泥海と、遠くにようやく輪郭を見せ始めた山々の稜線を眺めていた。空はまだ灰色をまとっていたが、その一角に、うっすらと青が滲んでいた。
それからの日々は、文字通り地に足の着いた営みの連続だった。ノアはまず、石を積み、粗末な祭壇を築いた。乾ききっていない木を探し、火を熾すのに苦労した。煙はじめじめと立ち上り、やがて清々しい香りとなって天へと昇っていった。彼はそこで、家族と共に、助け出された全ての生き物の代表として、雄羊を捧げた。肉が焼ける匂い、脂肪のじゅうじゅうという音。それは感謝の儀式というより、巨大な喪失の後、どうにかして神と再び繋がろうとする、必死の祈りの行為だった。
その時、声が聞こえた。風の音でも、遠雷の予感でもない。それは、かつて方舟を造れと命じたあの声でありながら、何かが変わっていた。かつては裁きに満ちていたが、今聞こえる声には、深い、言葉に尽くせない哀しみのような、それでいて確かな温もりが込められていた。
「私は再び、人のゆえに地を呪わない。人の心に思い図ることは、幼い時から悪いのだから。私は再び、すべての生けるものを滅ぼすようなことは決してしない」
ノアは跪いた。額が冷たい泥に触れた。それは約束だった。無条件の、一方的な約束。人を、この世界を、もう一度最初から始めさせるとの宣言。彼の肩から、恐らく箱舟を建造して以来の重荷が、少しずつ滑り落ちるのを感じた。
神は続けた。祝福を告げ、産めよ増えよ、地に満ちよ、と。しかし、今度はある秩序が与えられた。全ての動く生き物は、彼らの食料となる。ただし、血の通った命そのものである肉を、その血のままで食べてはならない。そして、人の血を流すものは、人によってその血を流される。なぜなら、神は自分のかたちに人を造られたからだ。
言葉は、契約へと結晶していった。神と、すべて肉なるものとの、とこしえの契約。そのしるしとして、神は弓を雲の中に置くと告げた。戦いの弓だ。それを空に掲げ、弦を弛ませ、もはや人に向けられないようにする。それが契約の虹となる。
そして、ある夕暮れ時のことだった。ノアは、苦労して開墾した小さな葡萄畑で、初めて実った葡萄を収穫していた。甘い香りが辺りに立ち込める。彼はその実を搾り、甕に蓄え、そして…経過を見守った。好奇心か、あるいはこの新たな世界の実りを確かめたいという思いからか、彼は発酵したその液体を口に運んだ。
それは、彼の知らない感覚だった。体の内から温かみが広がり、頭がぼんやりとし、大地の苦労や、大洪水の記憶の鋭さが、一時的に霞んでいった。彼は自分の天幕の中で、深く、無防備に眠りに落ちた。
三男のハムが父を見つけた時の光景は、あまりに無様だった。天幕の奥で、衣服も整えず、無防備に鼾をかいている老いた父。ハムは一瞬、目を背けそうになったが、それよりも強い、ある衝動に駆られた。それは畏れでも同情でもない、純粋な、残酷なほどの「発見」の興奮だった。彼は急いで外へ駆け出し、二人の兄に、あたかも珍しい獣を見つけたかのように、その様子を告げた。
セムとヤフェトは顔を見合わせた。兄セムの目には瞬時に嫌悪と悲しみが浮かんだ。弟ヤフェトは言葉を失った。彼らは何も言わず、一枚の外套を取り、背を向けて天幕に入り、足音を殺して近づいた。父の裸を見まいと、慎重に視線を外し、その外套を広げてノアの体の上にそっと覆いかけた。布がゆっくりと落ちて、無様さを隠した。その動作には、言葉を超えた、深い憐れみの情があった。
ノアが目を覚ました時、彼はすべてを悟った。体を覆う外套。そして、自身の内に残る不快な虚脱感。三男の行動は、他の息子たちから、そっと、しかし確実に伝えられた。
その瞬間、彼の口から溢れたのは、祝福の言葉ではなかった。葡萄の渦巻く甘さは、今はまったく別の苦さとして舌の上に広がっていた。彼はハム、そしてハムの子カナンを呪った。兄弟の僕の僕となるように、と。そしてセムとヤフェトを祝福した。特にセムの神、主を讃え、ヤフェトをセムの天幕に広がらせると預言した。
言葉は天幕の中に重く落ち、そこで静止した。外では、雨上がりの空気が澄み渡り、太陽の光が水滴を煌めかせていた。遠くの山肌に、かすかな七色の帯がかかっていた。それは弓であった。戦いの弓ではなく、約束の虹。恵みの契約の、儚くも美しいしるし。
ノアはその虹を、天幕の入口からじっと眺めていた。彼の目には、洪水の水も、葡萄の赤も、息子たちの背中も、すべてが曇ったガラス越しのように見えた。神はもう二度と洪水で滅ぼさないと約束された。だが、人の心に湧き上がるもの、家族の間にさえも生じる亀裂、無様さを見て嗤う心、それを神はご存知だった。そして、それさえもご自身の大きな忍耐の中に包み込む、という約束だった。
彼は深く、ため息をついた。それは悔恨とも、諦観とも、そしてわずかな希望ともつかない、複雑な息遣いだった。新しい世界は、すでに古い罪をその胎内に宿し、それでもなお、空には虹がかかっていた。ノアは再び葡萄畑に向かって歩き出した。足取りは重かったが、止まることはしなかった。約束の地で、彼らは生き続けなければならないのだから。




