聖書

ガラスの海と七つの災い

その日、海はないはずだった。かつては荒れ狂い、舟を呑み、漁師の命を奪ったあの海は、もうどこにもなかった。しかし今、彼らの目の前に広がっているのは、火を混ぜたような、輝くガラスの平原だった。ある者はそれを海と言い、ある者は大地と言った。しかしそれは、どちらでもあった。踏みしめると、かすかに温もりを感じる。下から、ゆるやかな光が、琥珀色に、あるいは夕焼けの雲のように、ふわりと湧き上がってくる。その上に立つ者たちは、数えきれなかった。彼らは皆、獣の像を拝まず、その額や手に刻印を受けなかった者たちだ。衣は白く、目には長い旅の果てにたどり着いた安堵と、そして静かな決意が宿っていた。

その群衆の前に、天の幕屋、すなわち証しの幕屋が開かれた。中から、雲と栄光とがもくもくとあふれ出し、ガラスの海を覆った。雲は香ばしく、かつ厳粛な香りを漂わせている。それは、祭壇のそばで嗅いだことのある、乳香の煙のにおいに似ていた。そして、七人の御使が現れた。七つの災いを携えた七人の御使である。彼らは、光をまとっており、細部はまぶしすぎて見分けがつかなかった。ただ、その姿は清く、恐ろしく、この世のものとは思えぬ威厳に満ちていた。彼らは、神の御前に出て、何かを待っている。

その時、ガラスの海のほとりに立つ一人の男が、口を開いた。彼はかつて、西の島々で、石を積んで小さな礼拝堂を建てていた者だ。彼の声は、波の音と鳥の声に溶けて、荒削りではあったが、深く響いた。

「主なる全能者よ。あなたのみわざは、大いなる、また驚くべきものであります。」

その言葉を合図に、あるいは潮の満ちるように、周りから声が湧き起こった。女も子供も老人も、東から西から、あらゆる地から集められたその群衆が、声を合わせた。彼らは竪琴を手にしていた。神から与えられた、小さな金色の竪琴だ。指が触れると、弦はこちらから意思を持っているかのように、最もふさわしい調べを紡ぎ出した。それは歌であり、祈りであり、証しであった。

「諸国民の王よ。あなたの道は義であり、真実であります。」

歌声はガラスの海を伝い、ゆらゆらと天へと昇っていく。一つ一つの言葉が、小さな光の粒となって、雲の中に吸い込まれていくようだった。彼らは「神の僕モーセの歌」を歌い、同時に「小羊の歌」を歌った。二つは絡み合い、一つの壮大な旋律となった。モーセが葦の海の岸辺で歌った救いの喜びと、小羊が屠られたことによって開かれた贖いの道とが、ここで一つになった。彼らは、その両方を、身をもって知っていた者たちだ。獣の前に膝を屈めず、故郷を追われ、命を削られた者たち。彼らの声には、悲しみの跡もあった。しかしそれは、もはや痛みではなく、深い、深い理解へと変容していた。すべてが、この方の御手の内にあるという確信が、歌声に厚みを与えていた。

七人の御使の一人が動いた。光の衣のひだが、ゆったりと翻る。幕屋の中から、金の鉢が渡された。鉢には、何かが満たされている。煙が立っているようにも見える。それは、万世の限りなく生きておられる神の激しい怒りだった。その怒りは、透明でありながら、見る者に途方もない重みを感じさせた。純粋な義の重み。ゆるぎない真実の重み。

御使がそれを受け取ると、雲と栄光が一瞬、強く輝いた。ガラスの海の下から湧き上がる光も、それに呼応するように脈動した。すべての被造物が、息を飲んだ。歌う者たちの声は、やがて静まった。竪琴の最後の残響が、空気の中に消えていった。

沈黙が訪れた。しかしそれは、空虚な静寂ではない。緊張に満ちた、圧倒的な充実の沈黙だ。祭壇の火がゆらめく音のような、かすかな響きが、四方から聞こえてくる。七人の御使は、金の鉢をしっかりと抱え、整然と一列に並んだ。彼らの目は、もはやこのガラスの海ではなく、その先、まだ災いの下っていない、暗く渦巻く大地を見据えている。

ひとりの老婆が、そっと涙をぬぐった。彼女はかつて、幼い孫を腕に抱きながら、地下の洞穴でこの日を夢見ていた。その涙は、悲しみでもなければ、単なる喜びでもない。あまりに長い戦いが、ついにその完結を見ようとしていることに対する、畏れに近い感動だった。

幕屋は、その内部をさらけ出したまま、煙に満ちていた。神の栄光と力が、もはや隠れることなく満ち溢れている。今や、最後の七つの災いが、地に注がれようとしている時だ。誰も近づくことはできない。歌い終えた者たちが立つガラスの海と、御使たちが立つ天の境界と、その間に横たわる深淵。すべては、�粛な待機の中にあった。

風が吹かなかった。それでも、御使たちの光の衣は、翻ろうとしているかのようだった。永遠の時が、ほんの一瞬、硬直した。

やがて、事は起こる。しかしこの瞬間、この静けさこそが、すべてを理解する鍵だった。神の怒りは、愛のもう一つの形であること。裁きは、ついに万物を新たにするための、痛みを伴う分娩の陣痛であること。ガラスの海に立つ者たちは、ただそれを、静かに見守っている。彼らの白い衣は、小羊の血によって洗われたことを示している。彼ら自身が、その怒りから救い出された、生ける証人なのだ。

空気が震えた。始まりの合図か。それとも、ただ永遠の歯車が、もう一歯、回っただけか。老婆は目を閉じた。そして、再び、ほんのひとりごとのように、ささやいた。

「主よ。来吧。」

返信する

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です