荒野は、石のように乾いていた。
四十年近くを経ても、その乾きはむしろ増し、砂塵は人々の皺の奥にまで入り込んでいた。カデシュの荒れ地に張られた宿営は、喉の渇きを訴える民の声で、低く、うなるように満ちていた。水がない。羊もろとも、この子らも、渇いて倒れる。叫びは、いつものように、テントの入口を隔てる粗布を揺らし、モーセとアロンの耳に届いた。
二人は顔を見合わせた。その目には、四十年分の疲労が沈殿していた。かつて紅海を分けた手も、シナイで輝きを受けた顔も、今や荒野の風土に蝕まれ、年老いている。民は変わらない。エジプトの葦の亡霊が、ここ荒野で、同じ調子でうめいている。モーセは深く息を吸い、アロンの腕をわずかに押して、暗い幕をくぐった。
外の光は鋭かった。目の前には、民の群れがひしめき、その目は、期待と不信と絶望の入り混じった、危うい色をしていた。あの顔ぶれだ。父たちの顔だ。しかし、それは父たちの罪をも受け継いだ顔だった。
「なぜ我々をエジプトから上らせたのか?」
「この悪い所に、穀物もいちじくもぶどうもなく、水さえ飲むことができない。」
声は重なり、砂埃と共に舞い上がる。モーセはその声の壁の前に立った。彼はもう、火のような怒りも、若き日の激情も、ここでは振るわない。ただ、骨の髓まで浸透した無力感。彼はアロンと共に、会見の天幕の入口に顔を伏せた。地にひれ伏す粗布の感触。かつては神の臨在に震えたこの場所で、今、彼が求めるのは、ただ指示だった。もう、自分で考え、裁き、導く力は、砂のように指の間から零れ落ちていた。
そして、栄光が現れた。
それは、かつてシナイの山を包んだ雷雲の激しさではなく、荒れ野の静寂そのものとして、天幕を満たした。重く、深い輝き。モーセとアロンは、額を塵に付けたまま、息を殺した。
声があった。岩から水を出せ。民の前で、岩に語れ。彼らの渇きを癒せ。
言葉は明瞭だった。かつて、ホレブの岩で為されたことの再現。しかし、時の重みは全てを変えていた。命令は同じでも、それを聞く者の内側は、もうあの時と同じではなかった。
民は集められた。荒れ野の真ん中に、その岩はあった。無骨な、何の変哲もない岩。神の栄光はそこに在った。モーセは杖を手にした。あの、かつてナイルの水を血に変え、葦の海を分けた杖。今やそれは、老いた指導者の歩くための杖にも似ていた。
民の目が、一点に集中する。渇きでひび割れた唇。幼子を抱く女の焦りの色。何かが、モーセの内で軋んだ。四十年にわたる不平の洪水。約束の地を目前にしながら父たちが背いたあの報告の日以来、続いてきたこの徒労。神の聖さを示すことへの、彼自身の倦怠。全てが、一つの太い澱んだ感情に凝縮され、喉元まで迫ってきた。それは怒りというより、深い、深い諦念に似た憤りだった。
彼は岩に向かった。栄光の前に立つ。神が「語れ」と命じられたその岩に。そして、彼は杖を振り上げた。一度。二度。硬い打撃音が乾いた空気を切り裂いた。岩肌が鳴った。
「聞け、そむく者たちよ。わたしたちがあなたがたのためにこの岩から水を出さなければならないのか。」
彼の声は荒れていた。叫びに近かった。「わたしたちが」。その言葉が、空気を汚した。彼の拳とアロンの拳が、一瞬、岩の前に立ちはだかる巨大な偶像のようになった。主の御業が、老いた指導者の業にすり替えられようとした、危うい一瞬。
しかし岩は、その打撃に応えた。清清と、豊かに、水がほとばしり出た。冷たい、命のしずくが飛び散り、砂を染めた。民は叫び、群がり、貪るように水を飲んだ。騒ぎと歓喜。渇きは癒された。
水はなおも滾々と流れ続けた。しかしモーセの目には、その水の輝きが、さっき見た栄光とは全く異なる冷たいものに映った。アロンは彼の傍らに立ち、何も言わなかった。ただ、彼の老いた頬が、かすかに震えているように見えた。
栄光は去らなかった。むしろ、重く二人の上に留まった。そして、声が再び響いた。それは、紅海を分けた時の力強い声でも、シナイで律法を授けた時の厳かな声でもなかった。深い、悲しみに満ちた、そして揺るぎない決断の声だった。
「あなたがたはわたしを信じず、イスラエルの人々の前にわたしの聖なることを示さなかった。それゆえ、あなたがたはこの会衆を、わたしが彼らに与える地に導き入れることはできない。」
言葉は、二人の胸に、岩の一撃よりも深く突き刺さった。荒野の風が吹き抜ける。民はまだ水に群がり、笑い、子供を呼んでいる。約束の地は、目の前に広がる荒野の彼方にある。そこに彼らを導くことは許されない。四十年の旅路の果てに、入口で立ち尽くすことだけが許される。
モーセは杖を見つめた。二度岩を打ったこの杖を。それはもう、約束の地を指し示す導きの杖ではない。彼自身の不信仰の碑であった。彼は目を閉じた。目の裏に、ホレブの岩の記憶がよみがえる。あの時は、ただ撃て、と命じられ、撃った。そして水が出た。今回は、「語れ」と命じられた。彼は撃った。彼は語らなかった。彼は、神の力を信じて、その言葉の権威に依り頼むことをしなかった。民の前で、神の聖さを、神の方法で示すことをしなかった。それは、ほんの一瞬の、内に沸き上がった憤りのせいだった。しかし、四十年の重みは、一瞬の過ちを、取り返しのつかない裂け目に変えた。
水の音は、やがて荒野のざわめきに消えていった。民は満足して自らの天幕に帰って行く。モーセとアロンは、ただ、乾いた岩の前で立ち尽くしたままだった。流れ出る水は、やがて小川となり、荒れ地を潤し、どこか遠くへと消えて行く。それは、彼らが決して踏み入れることのできない、あの地へと続いているかのようだった。
夕日が荒野を赤く染め始めた。長い影が、二人の背後に延びる。約束は変わらない。水は与えられた。民は生かされた。しかし、導き手には、もう先がない。ただ、残された時を、この荒れ野で、この民と共に歩み続けることだけが残されていた。その一歩一歩が、あの岩からほとばしった冷たい水の記憶と、あの悲しみに満ちた声を、骨に刻みつけながら。




