聖書

砂漠に生きる律法の知恵

砂漠の風は、昼の灼熱が去った後、ほんのりと冷たい感触を宿していた。トフトは羊の群れの最後尾を見届けながら、革袋の水を一口含んだ。喉を通りすぎる水の冷たさが、一日の労苦を少しだけ和らげてくれる。遠くには、シナイの山々が夕闇に溶け込みつつあった。

明日は新月の日だ。トフトは思い出した。祭りと安息の日。彼は若い頃、その意味を単なる休みだと思っていた。しかし、今は分かる。神が与えた律法の一つひとつが、砂漠を生きる知恵であり、共に生きるための約束であることを。

**隣人のろば**

数日前のことだ。トフトは谷間で、隣接する氏族の者、エレアザルのろばが、荷物の下に倒れているのを見つけた。ろばの目は白く濁り、あえぐ息が砂埃を舞い上げていた。エレアザルとは、去年、水場を巡って険悪な口論をした間柄だった。トフトは一瞬、そっと通り過ぎようと思った。誰も見ていない。しかし、足が止まった。彼の耳には、あの言葉が響いた。

「あなたの敵のろばや牛が道に迷っているのを見たときは、必ず彼のところに返さなければならない。もし、あなたを憎む者のろばが荷物の下に倒れているのを見たとき、見て見ぬふりをしてはならない。必ず彼と共に助け起こさなければならない」

トフトは深く息を吸い、エレアザルのもとへ走った。二人がかりで、ようやくろばを立ち上がらせ、荷を下ろしたとき、エレアザルの顔には複雑な表情が浮かんだ。感謝とも、恥じらいともつかないその顔を見て、トフトは何かを悟った。律法は、単なる規則ではない。争いの鎖を断ち、目と目を合わせさせるための、神の配慮なのだ。その後、二人は言葉少なに水筒を分け合った。何も解決はしていない。しかし、何かが始まった気がした。

**三つの祭り**

トフトの氏族では、三つの大きな祭りが営まれていた。過越の祭り。種なしパンの硬い食感が、先祖の慌ただしい脱出を思い起こさせた。収穫の祭り。初めて収穫された大麦の穂を揺り動かす時、トフトは、すべてが神からの賜物であることを全身で感じた。取り入れの祭り。秋の実りがすべて納められた時、家族や、寄留者や、孤児たちまでが共に食卓を囲んだ。トフトは特に、寄留者を招く言葉を大切にした。

「かつてあなたがたも、エジプトの地で寄留者であった」

彼のテントには、エドムの地から逃れてきた一族が身を寄せていた。彼らは異なる神を拝んでいた。トフトの妻は、最初、戸惑いを隠せなかった。しかし、トフトは言った。「彼らを虐げてはならない。寄留者の気持はあなたがたが知っている。エジプトにいた時のあなたがたの気持を」 それは命令ではなく、自らの記憶に基づく共鳴だった。寄留者の少年が、夕べの食事で初めて笑顔を見せた時、トフトは、祭りが単なる過去の記念ではなく、今ここで形作られる神の国なのだと感じた。

**嘘の証言**

ある時、氏族内で小さな金の飾りが盗まれる事件が起きた。疑いの目は、寡黙な羊飼いの青年、ヨナタンに向かった。証言者が現れ、「ヨナタンが夜中にそっと歩いていた」と主張した。誰もがヨナタンを怪しんだ。トフトは、長老たちの会議の場で、ゆっくりと口を開いた。

「私は、あの夜、ヨナタンと共に狼の気配を探りに野原に出ていた。彼は私の傍らにいた。証言者の言葉は…事実ではない」

場は水を打ったように静かになった。トフトは、証言者の顔が青ざめるのを見た。彼は「多数に追随して悪を行ってはならない。争いにおいて、多数に傾いて証言してはならない」という言葉を、身をもって守ったのだ。後に、本当の犯人は別におり、証言者はヨナタンに恨みを持つ者から賄賂を受け取っていたことが明らかになった。トフトの行動は、うわべだけの正義が、いかに脆いものかを皆に示した。

**約束の地へ**

そして今、この夕べ。族長モーセの言葉が、全ての氏族に伝えられていた。神が遣わす御使いが前を行き、カナンの地へと導く。彼らは、アモリ人、ヘテ人、ペリジ人らの前で、ゆっくりと、しかし確実に進まねばならない。偶像を拝んではならない。彼らの神々の名を唱えてはならない。

トフトは羊の群れを見つめながら、考えた。約束の地とは、単に乳と蜜の流れる場所ではないのだろう。そこは、これらの律法が、石版から人々の心へと刻まれ、生きる血肉となる場所なのだ。敵をゆっくり追い出すというのは、急いで征服するなということだ。土地そのものが、安息を受け入れるための時間を必要としているのかもしれない。彼は、新しい地での生活が、この砂漠での試行錯誤の延長であることを願った。

風が強くなり、星が一つ、また一つと瞬き始めた。トフトは黙って祈った。主よ、あなたの御使いが共におられますように。そして、この民が、あなたが与えられた言葉を、単に守るのではなく、愛する者となれますように。彼は羊の群れを囲いへと導き入れ、明日の安息に思いを馳せた。静かな夜が、約束と戒めに満ちた神の律法を、砂漠の営みの中に優しく包み込んでいった。

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