聖書

赦しと信仰の旅路

夕焼けがガリラヤの湖面を赤く染める頃、イエスと一行はサマリヤとの境に近い村々を巡る道を歩んでいた。道端の草には旅人の履き傷めた革サンダルの跡がくっきりと残り、埃がまだ静かに舞っていた。弟子たちは肩に袋をかけ、沈みかけた太陽を背に、長い一日の終わりを感じながら歩を進めた。ペテロがふと、前方にうずくまる子供の影を見つけた。転んだらしい。近づくと、子供は泣きもせず、ただ黙って足首を押さえている。誰かが手を差し伸べようとしたとき、イエスの声が低く響いた。

「つまずきは避けられぬとしても、それをもたらす者は厳しいものだ。この小さな者たちの一人をつまずかせるよりは、むしろ首にひき臼をかけられて海に投げ込まれた方がましだろう」

弟子たちは互いを見合わせた。日頃から、律法の細かい解釈にこだわる者たちのことを考えていたからだ。ヨハネが口を開いた。「では、もし兄弟が罪を犯したなら、何度赦すべきでしょうか。七度までですか」

イエスは足を止め、深く息を吸った。風が丘の上の糸杉を揺らし、その音だけが暫く流れた。

「七度どころか、七度を七十倍するほどにせよ」

彼の目は、遠くの村の家々に灯りがともり始めるのを見つめていた。

「からし種ほどの信仰があれば、この桑の木に、『海に根を下ろせ』と言っても従う。信仰とは、そういうものだ」

その言葉に、弟子たちの中に一種の焦りが走った。自分たちにそんな信仰があるだろうか、と。それに対してイエスは、何も言わなかった。代わりに、彼はまた歩き出し、ゆっくりと語り始めた。

「ところで、誰かに言ってみよう。畑を耕すか羊を飼うかして、帰ってきたら、すぐに『食事の用意をせよ』と命じる主人がいたとする。主人はそのしもべに、『ご苦労だった』と感謝するだろうか。むしろ、『用意が整うまで侍れ』と言うのではないか。しもべは言われたことをしただけだ。あなたがたも同じことだ。すべてを果たした後、『わたしたちは取るに足りないしもべです。なすべきことをしただけです』と言いなさい」

その譬えは、弟子たちの胸に重く落ちた。功績を誇る心が、少しずつ削り取られていくのを感じた。

数日後、一行はガリラヤとサマリヤの境を流れる小川のほとりにさしかかった。向こう岸に、人影が集まっている。十人ほどか。彼らは距離を保ち、声を揃えて叫んだ。「イエスさま、先生、どうかわたしたちを憐れんでください」

らい病だった。彼らは丘の窪みに身を寄せ、汚れた衣をまとい、声だけが乾いた風に乗って届いた。イエスは立ち止まり、彼らをじっと見つめた。そして、ただ一言言った。「祭司たちのところに行って、体を見せなさい」

彼らは行った。歩き出すうちに、皮膚が清められていくのを感じた。一人、また一人と、癒やしが全身に広がる。そのうちの一人、サマリヤ人だった男は、歩みを緩めた。足元の草の感触、腕にかすかな風が触れる心地。彼は振り返った。そして、大声で神を賛美しながら、引き返し始めた。イエスの足元にひれ伏し、感謝を繰り返した。

イエスの目が細くなった。「清くなったのは十人ではなかったか。ほかの九人はどこにいるのか。この異邦人以外に、神に栄光を帰すために戻って来た者はないのか」

その声には、深い悲しみがにじんでいた。男を起こし、言った。「立ちなさい。あなたの信仰があなたを救った」

その夜、一行は小さな宿屋に泊まった。翌日、数人のパリサイ人が近づいて来た。神の国について尋ねるためだった。「神の国はいつ来るのですか」彼らの目は、何かしるしを求めるように輝いていた。

イエスは答えられた。「神の国は、目に見える形では来ない。『ここにある』『あそこにある』と言えるものではない。見よ、神の国はあなたがたのただ中にあるのだ」

弟子たちだけになったとき、イエスはもっと深いことを語り始めた。「あなたがたは、人の子の日を一日でも見たいと願う時が来る。だが、見ることはできない。人々が『ここだ、あそこだ』と言うだろう。しかし、信じてはならない。人の子の日は、まるで稲妻がひらめくように、一瞬のうちに来るからだ」

彼は窓の外を見つめた。人々が日常を営み、商人が荷車を引き、女たちが井戸端で笑い合っている。

「ノアの日と同じことだ。人々は食べ、飲み、めとり、とつぎをしていた。そして洪水が来て、すべてを滅ぼした。ロトの日も同じだ。ソドムの人々は、食べ、飲み、売り買いし、植え、建てていた。しかし、ロトがソドムを出るとき、天から火と硫黄が降り、すべてを滅ぼした」

彼の声は静かだが、響きは鋭かった。「人の子の現れる日も、そうなる。屋上にいる者は、家の中の物を取ろうと下に降りてはならない。畑にいる者も、同じく後ろを振り返ってはならない。ロトの妻を思い出しなさい」

ペテロが呟いた。「主よ、それはどこで起こるのですか」

「死体のあるところ、鷲が集まるものだ」

彼らは再び沈黙した。宿屋の炉の火がぱちぱちと音を立て、闇が深まっていく。弟子たちは、イエスの言葉を胸に刻もうとしながらも、その重さに圧倒されていた。信仰とは、からし種のような小さなもので、山を動かす。赦しとは、七の七十倍に及ぶ果てしない行為である。そして神の国は、既にここにあり、しかもまだ到来を待っている。矛盾のように思えるが、イエスの言葉は、それらをすべて一つに織り込んでいた。

明け方、一行は再び旅立った。東の空が薄明るくなる中、桑の木が風に揺れていた。あの、海に根を下ろせと言えるほどの信仰を、自分たちは持っているだろうか。歩きながら、弟子たちは心の中で繰り返し考えた。足元には、新しい一日の埃がもう少しずつ積もり始めていた。

返信する

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です