聖書

渇きに注ぐ言葉の雨

その日、エルサレムの西の門から続く道は、埃と人々の倦怠で覆われていた。空は鉛色に濁り、遠くで砂漠の熱風がうなるように聞こえる。私はその道の脇に座り、目の前を通り過ぎる足どりをぼんやりと眺めていた。捕囚の民の足には、まだバビロンの塵がこびりついている。戻ってきて何年が経つのだろう。廃墟は少しずつ形を取り戻しつつあったが、人々の目には、何かが欠けている。それは、水のない土地の、喉の奥にへばりつく乾きのようなものだった。

私はかつて、名もなき預言者の一人だった。今は老いて、日向ぼっこをしながら、通りを行き交う人々に水を売っている。皮袋から木の碗に注ぐその水は、シロアムの池から汲んできたものだが、どうにも生気がなく、濁っている。金を払う者もいれば、無言で立ち去る者もいる。彼らの背中には、失われた何かへの焦燥がまとわりついている。

「ああ、喉が渇いた…」
小声でつぶやいたのは、ヨシヤという名の若い石工だった。彼は日々、神殿の礎石を運ぶ仕事に従事しているが、その顔はいつも曇っていた。彼は銅貨を一枚差し出し、碗を受け取った。水を一気に飲み干すと、ため息をついた。
「この水では、渇きが癒えん。まるで砂を飲んでいるようだ」
「水は水だよ、若者よ」私はそう答えたが、自分の言葉に嘘を感じていた。
「いや、違う」彼は碗を返し、遠くの丘を見つめた。「わたしが求めているのは…違う何かなのだ。何を求めているのか、自分でもわからぬのに」

その言葉が、私の胸の奥で何かを揺さぶった。長い間、眠っていた記憶が、ゆっくりとよみがえってくる。かつて師から聞いた言葉だ。羊飼いの老いたその男は、アモツの子、イザヤの言葉を幾度も私に語り聞かせたものだった。
『さあ、すべて渇いている者は、水のところに来い。銀のない者も来い。さあ、買って食べよ。さあ、値なしに、ぶどう酒と乳とを買え』
その朗唱は、まるで遠い谷間からのこだまのように、私の内側に響いた。

その夜、私はランプの灯りの下で、革の巻物を広げた。長いこと手つかずだったその巻物には、師の手になるイザヤの言葉が書き記されていた。埃を払い、かすれた文字を目で追う。五十五章。私の指が、一節一節をなぞっていく。
『あなたがたは、なぜ、パンでないもののために金を計り、飽き足らぬもののために労するのか。わたしに聞き従え。そうすれば、あなたがたは良い物を食べ、豊かな物を楽しむことができる』

次の日、私は水売りを休み、ヨシヤが働く工事現場へと向かった。彼は汗だくになって石を運んでいた。近づき、彼の傍らに腰を下ろした。
「昨日の話だ。お前が言っていた『違う何か』について、思い出したことがある」
彼は怪訝な顔で私を見たが、作業を止めた。
「わたしの師は、預言者イザヤの言葉をこう伝えていた。『あなたがたの耳を傾けて、わたしのもとに来よ。聞け。そして、あなたがたの魂は生きる』と」
風が吹き、工事現場の塵が舞い上がった。ヨシヤは黙ったままだった。
「師は言ったものだ。神の言葉は雨のようだ、と。地に降り注ぎ、芽を出させ、実を結ばせる。それは、人間の思惑を超えた確かなものなのだ、と」
「それが、今の我々に何の関係が?」ヨシヤの声には、疲労と諦めがにじんでいた。「見よ。神殿はまだ石の山だ。我々の心も同じだ。荒れ果てたままなのだ」
「だからこそなのだ」言葉が、私の口から自然と溢れ出た。「荒れ地に雨が降る前は、ただの堅い土に過ぎない。でも、雨は約束されている。『わたしの口から出る言葉も、むなしくは、わたしに帰らない。わたしの喜ぶところのことをなし、わたしが命じ送った事を果たす』と書かれている」

その時、私ははっきりと悟った。これまで、私はこの言葉を、遠い将来の、ぼんやりとした約束としてしか捉えていなかった。しかし、今この瞬間、ヨシヤの曇った目を見つめながら、それは今ここで始まることなのだと感じた。神の言葉は、過去の偉大な預言でも、未来の輝かしい成就でもなく、この乾いた喉と、空しい心に向かって、今、語りかけられている呼び声なのだ。

それから幾日か、私はヨシヤとよく話すようになった。工事の合間に、日陰で座り、水を飲みながら。話すのは、立派な教義ではない。彼の故郷への未練、バビロンで失った父のこと、将来への不安。私は、師から聞いた言葉を、少しずつ紡いでみせた。荒野に道ができ、荒れ地に川が流れる話。思いと言い方が変えられるという話。私自身、語りながら、その言葉が初めて自分の内側に染み込んでいくのを感じた。まるで、長い間放置されていた硬い土が、ゆっくりと水を含み、柔らかくなるように。

ある夕暮れ、仕事を終えたヨシヤが、いつものように私のところにやって来た。彼の表情が、以前とは違っていた。苛立ちの代わりに、深い静けさがあった。
「奇妙なことが起こり始めている」彼は言った。「今日、西の壁の礎石を据えていた時だ。石同士がぴたりと合わさった。ほんの些細なことだが…それが、まるで意図されたものであるかのように思えた。そして、一瞬、『帰ってきた』という思いがこみ上げてきた。この土地に。何かに」
彼は言葉を探すように空を見上げた。その時、東の空には、雨の気配を帯びた厚い雲が湧き上がっていた。遠くで雷鳴が低く響く。
「雨が来る」私は呟いた。
「待て」ヨシヤが私の腕を握った。彼の目には、初めて微かな光が灯っていた。「あれは、ただの雨ではないかもしれん。あなたが言っていた…言葉の雨だ」
私たちは黙って立ち尽くし、冷たい風が頬を撫でるのを感じた。やがて、最初の一滴が埃っぽい地面に落ちた。ぽつり。そして、ぽつり。瞬く間に、その音はざあざあという響きに変わり、乾き切った土地を打ち始めた。雨は、石を洗い、道に小さな流れを作った。人々が家から飛び出し、歓声を上げる。子供たちが雨の中を駆け回る。

ヨシヤは顔を上げ、口を開けた。滴る雨をそのまま飲み込むように。
「これだ…」
彼の呟きは、雨音にかき消されそうになった。
「何が?」
「求めていたものだ。銀を払わずに飲める水。…そして、ただ聞くだけで満たされる言葉」
私はこみ上げるものを抑えきれなかった。老いた目から熱いものが流れ出る。それは雨ではなかった。長い間、渇いていた自分自身の内側から、ついに湧き出てきた何かなのだろう。師が語り、私が忘れ、ヨシヤが求めていたその約束が、このにわか雨の中に、確かに降り注いでいるように思えた。

雨は一時間ほどで上がり、空には巨大な虹がかかった。人々は驚きと喜びの中で立ち尽くしていた。ヨシヤは私の方を見て、ゆっくりと頷いた。何も言わずに。彼の目には、もはや曇りはなかった。まだすべての答えを得たわけではない。明日も重い石を運ばねばならない。しかし、何かが根本から変わった。彼の中に、そしてこの町の中に、目には見えない確かな潤いが注がれたのだ。

私は家路につく人々の群れに混じり、ゆっくりと歩き出した。足元には、雨でできた小さな水たまりが光っている。その水は、シロアムの池の水よりも、遥かに澄んで見えた。イザヤの言葉が、私の心の中で静かに繰り返される。
『あなたがたは喜びをもって出てきて、安らかに導かれよう。山と丘はあなたがたの前に歓声をあげ、野の木々は手を打つ』

そう。それは突然、すべてが変わるような劇的な変化ではない。しかし、確かに、荒れ地に道は開かれ始めている。一滴の雨から。一つの言葉から。そして、それは、銀をもってしても買うことのできない、しかし、すべての渇いた者に与えられる恵みなのだ。私はもう、水を売る必要はないだろう。代わりに、この溢れる水を、どうにかして分け与える方法を考え始めなければ。

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