かつてツロの都には、一人の王がいた。彼の名は、人々の口にさえ昇るのを憚られるほどに尊ばれ、海の向こうまでその知恁が響き渡っていた。宮殿はレバノンの香柏で造られ、象牙の彫刻が壁を飾り、窓からは地中の海と呼ばれる紺碧の水面が煌めいて見えた。彼は商人たちの主であり、彼の船団は遠くタルシシュにまで及び、金銀、青銅、精巧な織物がこの港に溢れた。王は深い叡智を持ち、難解な謎を解き、あらゆる工芸に通じていると言われた。彼の胸には、七つの宝石が燦然と輝く胸当てがかけられ、ルビーは血のように、トパーズは蜜のように、エメラルドは深い森の奥のようにきらめいていた。
彼は毎朝、宮殿の高殿に登り、大理石の欄干に身を寄せて都を見下ろした。眼下に広がるのは、彼の富と才覚が築いた完璧な秩序だった。船の帆が風を孕み、市場ではあらゆる国の言葉が飛び交い、城壁は太陽に照らされて白く輝いていた。「これは私の手によるものだ」と彼は囁いた。最初は感謝の念と共に。やがてそれは静かな確信へ、そしてついには冷たい傲慢へと変わっていった。彼の心には、微かなひずみが生じ始めていた。まるで完璧な宝石の内部に、肉眼では見えない亀裂が走るように。
ある夕暮れ、彼は夢を見た。夢の中で、彼は自分が神聖な山の頂に立っていた。周囲は燻るような香りに満ち、あらゆる宝石が地から湧き出でるかのように転がっていた。金剛石の塵が風に舞い、サファイアの小川が音もなく流れていた。彼は「守護者」と呼ばれる者たちの間に立ち、火のように輝く石の間を歩いていた。それは、かつての、あるいは失われた原初の場所の記憶だった。目が覚めても、その輝きはまぶたの裏に焼き付いて離れない。彼は思った。私は単なる王ではない。この知恁、この美、この富は、偶然の産物ではない。私は──と彼は口にしなかったが、心の奥で言葉が形を作った──私は神のような者なのだ。
現実の宮殿に戻っても、その思いは彼を離さなかった。祭儀の場で、彼は祭司たちを退け、自ら香を焚いた。側近の忠告も、古老の警告も、彼の耳には届かなくなった。ツロの王座は、もはや彼にとって小さすぎる椅子でしかなかった。彼の言葉は法となり、彼の欲望は正義とみなされた。そして深淵から、静かなささやきが聞こえるようになった。それは彼自身の心の声なのか、それとももっと古く、暗い場所から響く声なのか。「お前は完璧だ。お前に不足はない。お前は選ばれた者だ」。
しかし、高いものは必ず見下ろされる。ある日、東から来た一人の預言者が都の門に立った。彼の目は燃える炭のようで、粗末な外套は旅の塵にまみれていた。彼は王への謁見を求めず、ただ広場に立ち、海に向かって言葉を投げつけた。その声は鋭く、騒がしい市場の喧噪を切り裂いた。「神である主はこう言われる。あなたは心に思い込んだ。『私は神だ。神々の座に座って、海の真ん中にいる』と。しかし、あなたは人間にすぎず、神ではない」。人々は一瞬、息を呑んだ。が、すぐに嘲笑と怒りの声が上がった。預言者は動じず、言葉を続けた。かつての輝き、エデンの園のような祝福、守護者としての任命を。そして、商売に不正が満ち、心が高ぶり、聖所を汚したことを。王は高殿からその声を聞いた。彼の顔は蒼白になり、握りしめた拳が震えた。怒りではない。むしろ、長く忘れていた、ある畏怖に似たものが胸を突き刺した。
それからの日々、王の振る舞いは少し変わった。時に無口になり、宝石の輝きをぼんやりと眺める時間が増えた。だが、それは悔い改めではなかった。むしろ、傷つけられた誇りが内側で静かに腐り始めていた。彼はより多くの富を集め、より高い塔を建て、より厚い城壁を築くように命じた。まるで、外側の輝きで内側の亀裂を覆い隠そうとするかのように。
そして、運命の日が来た。それは穏やかな朝で、海は凪いで鏡のようだった。突然、東の空が鉛色に濁り、聞いたことのない轟音が地の底から響いてきた。人々が空を見上げると、無数の黒い点が飛来するのが見えた。それは鷲ではなく、遠くの大国の軍旗を翻す戦車と歩兵の群れだった。城壁は震え、門は木材の悲鳴をあげて砕けた。王は慌てず、宝石を散りばめた冠を戴き、金の鎧をまとい、最後の高みへと登った。彼はそこから、炎と剣が都を飲み込むのを見下ろした。煙が渦巻き、叫び声が上がる。彼の美しい宮殿は、巨大な獣に食い破られた貝殻のようだった。
彼の目に、一筋の閃光が走った。敵の放った火矢が、彼のすぐそばに刺さった。すると、彼の身に着けた宝石──ルビー、トパーズ、エメラルド──が、突然、恐ろしい輝きを放ち始めた。それは祝福の光ではなく、全てを焼き尽くす炉の炎のような色だった。彼は着ていたものをすべて脱ぎ捨てようとしたが、もはや遅かった。宝石は彼の皮膚に食い込み、輝きは熱へと変わり、やがて彼の全身を包んだ。彼は声を上げたが、それは風に散る灰のような呻きになった。
都は沈黙した。かつて商船が行き交った港には、難破船の骸が打ち上げられ、市場の跡には塩がまかれた。通りには、廃墟の影だけが長く伸びている。遠くの国々で、人々が囁き合った。「あれがツロの誇り高き王か。あの知恁も、美も、富も、すべて炎に消えた。彼は神々の座を夢見たが、滅びの淵に落ちた。これは偶然の災いではない。高い木は風に折られるということを、彼は忘れていたのだ」。
今も、地中の海の波は、かつてのように岸辺を洗っている。しかし、そこに映るのは宝石の輝きでも、香柏の宮殿の影でもない。ただ、曇りない空と、深く静かな水の青さだけである。そして、それを眺める者がいれば、ごく稀に、風が古い歌の断片を運んでくるように感じるかもしれない。それは、驕りが破滅に至る道を、穏やかに、しかし確かに告げる挽歌のように。




